白菜やキャベツのルーツはどこ? DNAで謎を解く

韓国のキムチに使う白菜や、北欧のシチューに使うカブ、そのほか食卓に欠かせないキャベツやブロッコリー、小松菜。これらの野菜は全て、元をたどればアブラナ属のブラッシカ・ラパ(Brassica rapa)またはヤセイカンラン(Brassica oleracea)というたった2種の野草から生まれた変種だ。
さらにいえば、食用油として広く使用されているキャノーラ油は、ブラッシカ・ラパとヤセイカンランの交配種であるセイヨウアブラナ(Brassica napus)から作られる。
ブラッシカ・ラパとヤセイカンランは、そもそもどこからやってきたのか。100年以上前から、科学者たちはその原産地を探し求めてきた。今回、世界中から集められた何百というサンプルのDNAから、ようやくその答えが明らかになった。
カブやチンゲンサイ、ハクサイ、コマツナなどの原種であるブラッシカ・ラパはアフガニスタンとパキスタンの国境に近い山地が原産、そしてブロッコリーやカリフラワー、ケール、キャベツなどの原種であるヤセイカンランは地中海東部が原産だという。このブラッシカ・ラパに関する研究は、2021年4月30日付で学術誌『Molecular Biology and Evolution』に発表された。
原産地がわかったからには、すぐにでもその場所へ行って植物を採集し、保存すべきだと、研究者たちは主張する。今後、地球温暖化が加速すると、これらの野菜は暑さや干ばつ、病気など、かつてない危機に直面する可能性がある。原産地に生育する原種は、他とは比較にならないほど遺伝的に多様だ。これを利用して、気候変動に強い新たな品種を開発すれば、来るべき食糧難への備えとなるだろう。
米ニューヨーク大学の生物学者マイケル・プルガナン氏は、今回の研究には参加していないが、次のようにコメントしている。「この種の研究は非常に重要だと思っています。環境への適応に関係する遺伝子を探そうという、より賢明なアプローチの基礎となる研究です」
「植物界の犬」と言われる理由
アブラナ属の植物は「植物界の犬」と呼ばれるほど変種が多く、昔から生物学者や栽培農家を驚嘆させ、困惑させてきた。でんぷんが豊富な根菜、巨大な房を付けるブロッコリーにカリフラワー、アフリカから米国へ渡り、南部料理の定番となったコラードグリーン、そしてバラエティーに富んだアジアの青菜。ビタミンやその他の栄養を豊富に含むアブラナ属の野菜は世界中で売られていて、その額は年間140億ドル(約1兆5400億円)以上にもなる。
だが、その多様性こそが、原産地の特定を困難にしていた原因でもある。今回のブラッシカ・ラパに関する論文の著者で、米ニューヨーク植物園の植物学者アレックス・マカルベイ氏によると、飼い犬が野良犬化するように、栽培されているアブラナ属の植物も簡単に「フェンスを飛び越えて」野生に戻ってしまう。黄色い花を咲かせるアブラナ属の植物は、沿岸の草地や道端、畑など、世界のいたるところに生えている。食事のバラエティーが豊かになるとして、これを歓迎する畑の所有者もいる。
西ヨーロッパから東アジアにかけて、自分たちの土地こそアブラナ属の原産地だと考える人は多く、チャールズ・ダーウィンも、イングランドの海岸に自生するものがヤセイカンランの祖先ではないかと考えていた。
アブラナ属の遺伝子は「良い意味でごった煮状態です」と表現するのは、米ミズーリ大学コロンビア校の進化生物学者クリス・ピレス氏だ。
フロリダ自然史博物館の遺伝学者マケンジー・メーブリー氏も同意する。「アブラナ属は、研究が難しい植物として有名です。別の変種でも互いに花粉をやり取りするのが好きなんです」。つまり、自生するアブラナ属は、複数の祖先の雑種である可能性が高い。
探偵のような仕事
ブラッシカ・ラパとヤセイカンランの原産地を探していた二つの研究チームは、シードバンク(種子の保存施設)やその他世界中に存在する種子コレクションからサンプルを集めた。ブラッシカ・ラパを研究したマカルベイ氏のチームは、400点以上のサンプルを使ってゲノムの一部を解析し、生育可能な地域を割り出した。ブラッシカ・ラパの原産地を探す研究で、ここまで多くのサンプルを解析した例は過去にない。この研究には、ピレス氏とメーブリー氏も参加した。
さらに、言語学者や考古学者の助けも借りて、カブなどアブラナ属の作物に関する古い文献や、古代集落の遺跡で見つかった遺物も調べた。「一つの物語を様々な側面から調べる、探偵のような仕事です」と、マカルベイ氏は言う。
それらの調査を総合した結果、ブラッシカ・ラパは、パキスタンとの国境に近いアフガニスタンのヒンドゥークシュ山脈周辺が原産であることが示された。3500~6000年前に、この地方で最初に栽培化された野菜がカブだった。後に、品種改良によってターサイ、チンゲンサイ、ラピニなどの葉物野菜や、食用油の原料となる種子、インド料理に使われる香辛料用の変種が登場する。
ヤセイカンランに関する同様の研究は、メーブリー氏とピレス氏が中心となり、マカルベイ氏が他の共著者とともに名を連ねている。こちらは200点以上のサンプルを分析した結果、ギリシャとトルコに挟まれたエーゲ海とその周辺に浮かぶ島々が原産地である可能性が高いとされた。
「私たちの理解を大きく深める研究です」と、プルガナン氏は話す。「これらの品種に関して、集団ゲノミクスのレベルで行われた初の体系的な分析と言えるでしょう」
しかし「これで全て解決というわけではないと思います」とも付け加えている。原産地で採集した植物をさらに分析して、今回の研究結果を確認する必要があるという。
多様な起源
世界の農家や消費者は今、厳しい現実に直面している。気温が上昇し、干ばつや洪水が増え、既に一部の地域では作物の収穫量が打撃を受けている。これまで数十年にわたって減少してきた世界の飢餓人口は、再び増加傾向にある。
アブラナ属の多くは寒冷気候に適しており、こうした植物が食の中心になっている地域では深刻な供給不足を起こす恐れがある。たとえば韓国の研究者は、国民食であるキムチに使うハクサイが、暑さと干ばつの両方に弱いという研究結果を発表した。
また、ブラッシカ・ラパとヤセイカンランの交配種であるセイヨウアブラナは、キャノーラ油の原料として世界中で栽培されているため、世界の食糧供給にはこちらのほうが影響は大きいかもしれない。商業用に栽培されているセイヨウアブラナの品種は遺伝的多様性に乏しく、気候変動に強い品種を開発しようにも選択肢が限られている。
この点で、最新の研究結果は大いに参考になるだろうと、研究者たちは期待する。原産地に生育する原種は遺伝的に多様だからだ。病気に強く、味が良く、干ばつや暑さに強い品種を開発するために、原産地で新たな遺伝子を探す育種家は多い。たとえば、19世紀にアイルランドのジャガイモ飢饉(ききん)を引き起こしたジャガイモの疫病への耐性をつけるために、野生のイモの遺伝子を使った品種が開発されたことがある。
人間や自然の脅威によって絶滅してしまう前に、今回特定されたアブラナ属の原産地で一刻も早く種子を集めて保存すべきであると、研究者たちは警鐘を鳴らす。マカルベイ氏は、ヒンドゥークシュで採取されたブラッシカ・ラパの種子が世界のシードバンクにほとんど入っていないことを懸念する。今後も気温が上昇し続ければ、山に自生する植物は標高の高い方へと移動するしかない。やがて頂上まで到達すれば、後は生息域が狭まるばかりだ。
一方のヤセイカンランの場合、原産地とみられる島々での個体数が少なく、問題はさらに深刻だろうと、メーブリー氏も言う。ヤセイカンランを研究するチームは、クレタ島やキプロス島など地中海の島々へ行って種子を採集する予定だったが、新型コロナウイルスによるパンデミックのため中止せざるを得なかった。今は、22年に渡航できるようになることを期待している。
米ウィスコンシン大学マディソン校の民族植物学者であり、今回のブラッシカ・ラパ研究の共著者でもあるイブ・エムシュウィラー氏は、原産地以外にも、遺伝的多様性が豊かな場所で野生の植物を採集・保存すべきだと話す。野生に育つ種はしばしば、雑草とみなされて根絶したほうが良いとアドバイスされることがある。
「これらの作物にどんな未来が待ち受けていようと、全ての種を保存する必要があります。全ての品種、その遺伝子の多様性、近縁種も、絶滅から守らなければなりません」
(文 GABRIEL POPKIN、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年6月18日付]
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