おいしいジェラートは日本にあり W杯準優勝国の実力
イタリア美味の裏側(6) イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

日本がいま「ジェラート大国」になりつつあることは、あまり知られていない。
イタリアには約3万9千軒のジェラート店があるが(イタリアジェラート協会調べ)、その中のえりすぐりの有力店が日本に進出し、本場イタリアそのものの味が国内にいながら楽しめるのだ。
ミラノの高級住宅街で人気の「ジェラテリア・マルゲラ」が東京の麻布十番に出店。トリノを本店とし、イタリアの主要駅・空港にも出店する「ヴェンキ」が銀座や大阪に店を構えた。さらに、1900年創業のローマの老舗「ジョリッティ」が、新宿に開店したばかり。映画「ローマの休日」で、女優のオードリー・ヘップバーン演じるアン王女が食べたジェラートと言えば、ぴんと来る人もいるのではないだろうか。
ジョリッティ新宿店では、コーンとカップのジェラートのほか、イタリアでは珍しいスティックバーも売っている。ローマの本店でレシピを学び、日本でその味を再現するのは、エグゼクティブペストリーシェフのフランチェスコ・タリアラテーラ氏。閉店したミシュラン星つき店「ハインツベック」東京店のシェフパティシエをつとめていた人物で、ライスというフレーバーは、日本産の米とイタリアのアマレット(あんにんのリキュール)で再現されている。

日本でも当たり前のように多くの人が楽しんでいるジェラートだが、そもそもジェラートとは何なのだろうか。アイスクリームやソフトクリーム、シャーベットとは、無意識のうちに区別されているが、実はイタリア語のジェラートは英語のアイスクリームに当たり、シャーベットも含まれているのでややこしい。イタリア人の感覚で言えば、ジェラート職人がフリーザー(ジェラートマシン)で作るのが手作りジェラートで、コンビニエンスストアやスーパーなどで販売される大量生産・長期保存が可能なアイスクリームはジェラートとは認めないふしがある。
職人が自らの手でマシンを動かし、冷やし固め、混ぜて空気を含ませることでふんわりとなめらかに仕上がったものを、ここでは「ジェラート」と考えることとしたい。
地域や職人で味が異なるのが、日本のジェラートの魅力
実は、イタリアのジェラートに地域差はあまりなく、ミルク味、チョコレート、ピスタチオ、レモンなど定番の味は北から南までほぼ共通している。対して日本は、地域や職人ごとにジェラートに新味が加えられ、個性豊かなのが魅力だ。世界大会で入賞するまで技術を高めた日本人職人たちによって、ジェラートの世界に新風が吹き込まれている。日本がジェラート大国になりつつあるゆえんだ。

ではここからは、日本の実力派の職人たちを紹介していこう。
大阪市中央区の「ジェラテリア・チルコドーロ」のオーナー兼ジェラートマエストラで、日本ジェラート協会の副会長をつとめる茂木(しげき)美佐さんは、1980年代半ばにイタリアのパルマ県のジェラテリア(ジェラート専門店)で短期修業。2011年、アドリア海沿いの中部の都市リミニで毎年開かれる製菓見本市Sigepでのジェラート世界コンクールにて、チョコレートを課題とする部門で4位となり、日本のジェラート職人の中のパイオニア的役割を果たした。
入賞したアモーレ・デッラ・ルーナ(イタリア語で「月の愛」)は、ビターチョコに日本酒由来の酒かすを加えた。「このジェラートが月光のように人の心を優しく照らしてほしいと願って名づけたんです」と茂木さん。ネーミングにも自然の繊細さを愛する日本人らしい心が生きている。
ジェラートの本場で力試しをしてみたい、入賞すれば自店のジェラートに話題性も生まれるとあって、茂木さんの後に続くように世界コンクールに挑戦する日本人は増えつづけた。
同じく日本ジェラート協会の副会長をつとめる「マルガージェラート」(石川県能登町)の柴野大造さんは、奥能登の生乳を使ったミルク味、能登の塩とピスタチオを用いたマスカルポーネ味など、地元の産品とイタリアの産品・技術を結びつけて新しい味を生み出した。その結果、イタリアジェラート協会が正統なジェラートの普及を願って任命する「世界ジェラート大使」をまかされるまでになった。
ジェラート・ワールドカップで躍進し続ける日本チーム
製菓見本市Sigepで03年から2年に1度開かれているジェラートの権威ある世界大会「ジェラート・ワールドカップ」でも、日本チームは躍進をとげている。12年に初出場で世界13カ国中6位、18年には11カ国中4位と順位を上げてきた。そして20年1月の日本チームは、帝国ホテルで働く30代シェフパティシエ4人が挑んだ。

監督は「現代の名工」にも選ばれた帝国ホテルのエグゼクティブペストリーシェフ、望月完次郎さん。チームメンバーはそれぞれ経験も技術も豊かだが、専門のジェラート職人はいない。それでも仕事終わりの夜の時間帯に練習を重ね、ジェラートを知り尽くす本家イタリアに次ぎ、見事に準優勝を果たした。

「日本のジェラートの強みは、四季を通して手に入る豊富な食材」と望月さんは勝因の1つを語る。いまや世界でも食材として通じるユズやワサビだけでなく、黒ニンニク、山椒(さんしょう)まで使った。これに対し、優勝国のイタリアが選んだ食材は、パルミジャーノやマルサラ酒など、一般的なものばかり。かんきつ類からハーブ、スパイスまで、まだ世界に知られていない食材をジェラートに応用した日本の存在感はいや応なしに増した。
ワールドカップの経験が生きた帝国ホテルのアイスバー

ジェラート・ワールドカップ準優勝により、これから日本のジェラートをさらにもり立てようという機運が高まったところに、新型コロナウイルスが水を差した。
そんな中でもこの夏、準優勝メンバーのひとり、シェフパティシエの西川広三(ひろみ)さんが1年以上の試作期間をへて、デザート感覚で食べられるアイスバー4種類の商品化にこぎ着けたのは、ちょっとした朗報。帝国ホテルの協力工場でつくられるという。
いわゆるジェラートそのものではないが、ジェラート・ワールドカップでの経験が生かされている。「もともと東京五輪・パラリンピックに合わせて試作していましたが、オリンピック延期で逆に研究する時間が十分に取れました。ワールドカップ出場で研究したレシピの配合も生かせました」と西川さんは言う。
ラズベリーシャーベット&バニラアイスにピーチとストロベリーの果肉がトッピングされている「ラズベリーバニラ」は、帝国ホテル名物の桃のデザート「ピーチメルバ」をアレンジしたもの。4種類ともに空気含有量を手作りジェラートよりやや増やし、冷凍庫から出してすぐに食べられるよう工夫してある。
西川さんはあらためてジェラート・ワールドカップをふり返り、「イタリアの大会では、ジェラート職人に対するリスペクトを肌で感じました。日本やアジアはこれから、ジェラートについて(知識や技能を)深めていく段階です」と語る。
イタリア発祥のジェラートは、日本の豊かな食材と日本人の研究熱心さによって、この国でさらに進化していくにちがいない。
(イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子)
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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