セールスフォース、「平等」で革新生む 人材獲得も
セールスフォース・ドットコム日本法人の小出伸一会長兼社長(上)

顧客情報管理の米セールスフォース・ドットコムは「平等」を重視し、ジェンダーや人種などによって待遇や機会の差別をしない環境づくり、特に賃金の平等に力を入れている。働き方改革に詳しい相模女子大学大学院特任教授の白河桃子さんが、日本法人の小出伸一会長兼社長に聞いた(以下、2人の敬称略)。
イノベーションの土壌となる「平等」

白河 御社は米国に本社を置くグローバル企業ですが、「平等」に力を入れていると知り、関心を寄せています。近年、ESG(環境・社会・企業統治)関連では特にジェンダー間の賃金格差解消の取り組みが投資の指標にもなっています。そうした取り組みが、なぜこれからの企業経営に重要になっていくのか、伺いたいと思います。その前にまず、御社の事業やコアバリュー(中核的価値)について教えてください。
小出 ご注目いただき、ありがとうございます。私たちは1999年の創業以来、企業と顧客をつなく顧客管理ソリューションとしてクラウド型のアプリケーションやプラットフォームを提供しています。日本法人の設立は2000年で、現在の従業員数は約2700人です。おかげさまで業績は右肩上がりで、「働きがいのある会社」ランキング(GPTWジャパン)でも上位を獲得しています。
「平等」は、私たちが大切にする価値観として掲げる4つのコアバリュー(「信頼」「カスタマーサクセス(顧客の成功)」「イノベーション」「平等」)のうちの1つです。そしてこれら4つはすべてがつながっており、一体化して意味を成しています。
この4つについて、もう少し説明します。まず、ビジネスを推進する上でベースになるのが、製品を通じてお客様との「信頼」関係を築くこと。それに欠かせないのが「カスタマーサクセス」で、お客様のビジネスが成功することです。私たちは(顧客情報管理のための)クラウド型のアプリなどを提供しています。お客様に長く継続的に使っていただくことで成立するビジネスモデルです。つまり、お客様の生産性が上がり、成功体験をしていただくことが、私たちの成果の指標となります。
お客様の成功や成長を支援する上では、常に私たちの変革する姿勢が問われます。例えば、アプリを使っていてしょっちゅうバージョンアップ作業が必要だと、なかなか本来の業務に集中できませんよね。そういったことでお客様を煩わせることがないようにするくらい、開発力を磨き続けていく。これが「イノベーション」を掲げている意味です。このイノベーションを起こすだけの発想力や創造力を育む土壌となるのが「平等」ということになります。多様性や個性を尊重する環境があってこそ、イノベーションは活性化される。だから、平等は重要な価値なのです。
白河 「多様性や個性」が大切なのですね。同じ発想や価値観を持つ人ばかり集めた、いわゆる「同質性」の高い組織では、「早く、正確に」といった効率性は高まるでしょう。しかし、それでは新しいものを生み出しやすい環境とは言えないということですね。
小出 はい、異質なものの組み合わせがイノベーションを生むといわれている通り、多様性や個性を認め合う環境がユニークな融合を可能にするはずです。「なぜIT(情報技術)企業(のセールスフォース)が『平等』を重視するのか」というお尋ねへの答えは、ここにあります。
加えて、平等を約束することは人材獲得という経営戦略上も欠かせません。優秀なタレント(資質・才能を持つ人)を採用し、活躍してもらうためには、やりがいと納得感をもって働き続けられる環境を整えないといけない。そうでなければ、簡単に他社へ行かれてしまいますから。
社内のコミュニケーションはオープンでフラット

白河 特にIT分野は激しい人材獲得競争が続いていると聞きます。御社にとって、「平等」がビジネスの根幹を支える経営課題なのだという理由が分かりました。
素晴らしいのは、理念として掲げるだけでなく、具体的なアクションを起こしている点です。創業者であり最高経営責任者(CEO)のマーク・ベニオフ氏の著書を拝読したのですが、「イクオリティ(平等)に関して、私たちの会社は大丈夫だという自信があったが、いざ調べてみると実は男女間や人種間の賃金格差があった」と。そして、発見した問題に対して誠実に向き合い、是正に向けての対策を取っているとありました。
これまでに1620万ドルも費やして賃金ギャップの是正を行ってきたという実績は、説得力があるものだと思います。「分かっていても、行動できない」という会社が多い中で、御社が積極的にアクションをとれる理由は何だと思いますか。
小出 やはり、経営陣が「平等」をビジネスの成功に直結する価値として位置付けている点が大きいと思います。加えて、風通しのいいカルチャーが定着しているのも、平等に向けたアクションを進めやすい背景と言えます。
例えば、グローバルの役員会議の場で、ある女性リーダーがパッと手を挙げて「ところで、男女の賃金格差は本当にないのか」と発言する。その発言を受けて、別のリーダーが「もしも私に男女の双子が生まれ、同じ環境で同じ教育を受けさせ、彼・彼女が同じ会社に入ったとして、給与や昇進ペースが違ったとしたら? 絶対にそんなことがあってはならない」と力説する。そんな場面がごく日常的に起こっているんです。
疑問に思ったことを誰でも臆せず言える雰囲気がありますし、そこから建設的な議論に発展していく。そんな風通しの良さも、平等であることを推進しているのだと感じます。
白河 ご自身も、社員の方から「さん」付けで呼ばれていましたね。
小出 はい、誰も「社長」って呼んでくれませんよ(笑)。私もそれに慣れています。この呼び方が象徴するように、役職を問わず社内のコミュニケーションはオープンでフラットですね。グローバルの経営幹部が集まる会議の様子も360度カメラでリアルタイムに全世界に配信され、6万人の社員がいつでも見られるんです。
白河 「どれどれ、CEO(最高経営責任者)はどんな発言をするのかな」と、誰でものぞけちゃうんですね(笑)。透明性を大切にしているんですね。
小出 そうなんですよ。さらにチャット機能で質問や意見を言うのも自由。そんなコミュニケーションが社内で浸透しているから、平等という言葉にリアリティーが生まれるのだと思いますし、社員の納得も得られるのではないでしょうか。また、従業員の男女比率や女性管理職比率は常に最新の数値をクラウド上で管理していて、社員はいつでも見られるようになっています。
白河 平等性を担保するためには、数値の可視化、透明性が重要であるわけですね。平等の推進に関して、日本法人で独自に進めている施策はあるのでしょうか。
小出 米国本社では、平等を推進するための役職「チーフ・イクオリティ・オフィサー」を創設したことが注目されました。多様なコミュニティを反映した職場づくりに取り組んでいるからです。日本法人ではこの役職はまだありませんが、同様の機能を果たせるように「オフィスオブイクオリティ(平等推進室)」というバーチャルオフィスを人事部門の中に立ち上げました。
日本独自の施策としては、新卒採用での対策です。日本国内にはまだエグゼクティブ候補になる女性の人材が多く育っていないので、新卒採用の時点から女性を積極的に育成することを重視しています。最近は、新卒で入社する社員の過半数が女性です。
コロナ禍で働き方の転換期に
白河 確かに、「新卒一括採用」は日本独特の仕組みですし、そこからアプローチするのはユニークな施策になるわけですね。
小出 そうなんです。私が7年前に会長兼CEOに就任したときには中途採用が中心でした。労働市場に女性のエンジニアが少ないために、男性の採用に偏ってしまうのが課題でした。比率を改善していくためには、新卒から女性を採用して活躍してもらうキャリアパスをつくり、可視化していくことが必要だと考えました。
一方で、「女性を優遇するのは逆差別ではないか」という見方があるのも事実です。性別や学歴などを聞かずに選考する「ブラインド採用」が理想的なのかもしれませんね。
白河 エンジニア中心という業種の事情から、今は女性を積極的に採用して男女比率の均衡を目指しているフェーズということですね。
小出 弊社の研究開発部門は女性の割合が高いと思います。特に米国では優秀な女性のエンジニアが多く活躍している印象です。
私が今注目しているのは、新型コロナウイルスが世界に与えた試練が、女性の働き方を前へと進める可能性です。例えば、日本法人では、約2700人いる従業員のうち9割以上が在宅勤務にシフトするという、ワークスタイルの転換期を迎えています。在宅勤務が原則となることで、より自分のパフォーマンスを発揮しやすい環境をつくり出せる女性が増えるとしたら、これまでチャレンジできなかった領域まで踏み出そうとする女性のエンジニアも増えてくるはずだと期待しています。
後編では、平等推進への取り組みやリモートワークなどについて、引き続き小出会長兼社長に聞く。

(文:宮本恵理子)
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