『愚行録』石川慶監督 新作で描く、永遠の猶予期間
舞台は近未来。エターニティ社は、遺体を永久保存する「プラスティネーション」の技術を開発。在りし日の姿を留める「ボディワークス」の製作を行っていた。その作業の第一人者・エマに拾われた10代のリナは、やがて後継者として成長。30歳のとき、エマの弟・天音が生み出した不老不死の施術を受けて、人類初の「永遠の命を得た女性」になる……。世界的SF作家ケン・リュウの短編『円弧』(アーク)を、『愚行録』(2017年)、『蜜蜂と遠雷』(19年)の気鋭・石川慶監督が映画化した。

永遠の猶予期間を与えられたらどう生きるのか
「『愚行録』を撮り終えた頃、脚本家の向井康介さんに薦められて、ケン・リュウの短編集を読んだんです。そのなかで1番心に響いたのが『円弧』。昔から不老不死というテーマはありますが、だいたいは権力者が死を逃れるために手に入れようとして、最後は罰を受けて死ぬ(笑)。でも『円弧』の根幹にあるのは、死というより、『永遠の猶予期間を与えられたら、私たちはどう生きるのか』という問い。現代のアンチエイジングの延長線上にある、身近な物語のような気がしました」(石川監督、以下同)
ケン・リュウより映画化の快諾を得て、この"ストップエイジング"についての物語を、オリジナルストーリーを交えて脚本化(記事「作家ケン・リュウ 物語は大事なものを見極める手立て」参照)。そして、当時22歳の芳根京子をリナ役にキャスティングした。
「30歳くらいの女優さんを選ぶという方法もありましたが、それだと『若い頃はこう、高齢のときはこう演じてくれるだろう』と見えすぎてしまう気がしました。リナは未知の領域の役。どこまでもポテンシャルを感じる若い人に頼みたいと考えたとき、毎作大きな成長を見せる芳根さんにお願いしたいという結論に至りました」

「宇宙船もロボットも出てこないSFなので、日本でも映画化できると思いました」と語る石川監督。しかし、未来の世界観作りは、想像以上に大変だったという。
「現代や過去が舞台なら、実際の場所や資料をもとに、ロケ地を探したり美術を作り込んだりできます。でも今回は未来が舞台なので、完全にゼロベース。自分が良いと言えば良いし、ダメと言えばダメなので、『本当にこれでいいのか?』と迷うことが多かったです。まず決めたのは、どこかで見たことのある未来ではなく、僕たちの世界を作るということ。例えば、携帯電話やパソコンは最新機種でもすぐに古くなるので、一切画面に出さない。逆に、木は未来にもあるはずと考えて、各所に採り入れました。また何十年も生き残ってきたデザインは、100年後に見てもカッコイイと思うはず。そう考えて探し当てたのが、香川県庁舎(丹下健三設計)や、小豆島の老舗ホテルでした」
映画は理解や鑑賞ではなく体験するもの
完成した映画は洗練された未来の世界観や、コンテンポラリーダンスのような「ボディワークス」のシーンなど、映像ならではの見どころが多数。30歳以降、若い外見のままで年齢を重ねていくリナを演じきった芳根京子の好演も光る。さらに監督が「多少難しくなったとしても、ケン・リュウの言葉を生かしたかった」という示唆に富んだセリフの数々が心に響き、深い感動と思索に導く作品になった。
「映画は、理解するものでも鑑賞するものでもなく、何より"体験"するものだと思っています。映画館という箱の中で、違う世界、違う人生を体験して、多少分かりにくいところがあったとしても、その体験が記憶として残り、『あれは、こういうことだったのかな』と、後からふと思い出すようなものが、自分にとっての映画。これからも、そういう記憶にしっかり残る作品を作っていきたいです」

そう遠くない未来。エターニティ社では、在りし日の姿を留める「ボディワークス」の製作を行っていた。場末のナイトクラブでダンサーをしていた19歳のリナは、ある日、ボディワークスの第一人者・エマと出会う。リナはやがてエマの後継者となり、30歳のときにエマの弟・天音と結婚。天音が開発した不老不死の施術を受けて、永遠の命を得るのだが…。後半に登場する老夫婦を小林薫と風吹ジュン、物語の鍵を握る女性を倍賞千恵子が演じる。共同脚本は『愛がなんだ』の澤井香織。ダンスなどの振付は、土方巽記念賞を受賞した三東瑠璃が担当した。(ワーナー・ブラザース映画配給、公開中)
(ライター 泊貴洋)
[日経エンタテインメント! 2021年7月号の記事を再構成]
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