レノン50周年記念盤 セッション全貌を11時間の音源で
特集 ビートルズ4人の「新譜」(3)
解散から約50年がたった今も人気が高いビートルズ。そんな彼ら4人それぞれの「新譜」が、2020年から21年にかけてそろって発売される。
ポール・マッカートニー、リンゴ・スターに続いて取り上げるのは、ジョン・レノン。彼にとっての初ソロアルバム『ジョンの魂』の50周年記念盤が、4月23日に発売された。複数のパッケージが用意されているが、中にはレコーディング・セッションの全過程を楽しめる音源も含まれる。『ジョンの魂』が誕生した背景と50周年記念盤の聴きどころを、ビートルズ研究家の広田寛治氏が解説する。[※特に注記がない場合、本文中の『』はアルバム名、「」は曲名を示している。]
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20年から21年にかけてポールとリンゴの新作が発表された。その一方、すでに他界している2人は、ソロアルバムの50周年記念盤が発売される。4月23日にはジョン初のソロアルバム『ジョンの魂』50周年記念盤がリリースされ、それに続いてジョージ・ハリスン初の本格的ソロアルバム『オール・シングス・マスト・パス』50周年記念盤発売が8月6日に予定されている。

この2作には50年前のビートルズ解散時に2人が置かれていた状況が色濃く刻まれている。『ジョンの魂』収録曲の大半がビートルズ解散を受けてジョンが一気に書き下ろしたものであるのに対し、『オール・シングス・マスト・パス』収録曲の多くはジョージがビートルズ時代に書きためていた曲を一気に放出したものだった。
ビートルズ解散が生み落とした『ジョンの魂』
ジョン初の本格的ソロアルバム『ジョンの魂』が発売されたのは1970年12月。ポールが4月に解散を公表してから8カ月後のことだ。ジョンはビートルズ解散をめぐる一連の出来事に精神的ダメージを受け、ロサンゼルスでプライマル・スクリームという心理療法を受けていた。このアルバムはその過程で浮き彫りになったジョンの少年時代の心の傷、孤独感、社会への怒りや疑問、ビートルズへの思いなどを、痛々しいほど赤裸々に歌っている。
アルバムの制作は70年9月に開始。早くからオノ・ヨーコとの活動を展開していたジョンだが、本格的ソロアルバムの制作は、ポール、ジョージに後れをとったことになる。ジョンがレコーディングに誘ったのは、ドラムにリンゴ・スター、ベースにクラウス・フォアマン(ビートルズデビュー以前からの友人)と気心の知れた2人。ジョンはギターとピアノを弾き、きわめてシンプルな編成で録音。フィル・スペクターを共同プロデューサーに迎えてはいたものの、過剰な装飾をそぎ落としたシンプルでシャープなサウンドに仕上げられている。
冒頭の鐘の音に続く「マザー!」という叫びから始まり「母の死」で終わる構成は、ビートルズを聴いてきた者にはあまりに衝撃的だった。このアルバムも『マッカートニー』(70年4月発売)同様、いやそれ以上に素顔の奥に潜むジョンの苦悩が表出したアルバムになっていたからだ。同時にジョンの思想や哲学、精神性が凝縮されており、まさにジョンの魂に触れることができるアルバムとして、ジョンの最高傑作にあげる人も多い。
セッションの全貌が分かる究極盤も
今回の『ジョンの魂:アルティメイト・コレクション』は、オリジナル盤を新たにリマスター、リミックスした50周年記念のアルバムだ。
収録曲はオリジナル盤収録11曲に、ビートルズ解散に揺れる時期に発売されたシングル「平和を我等に」(69年7月発売)、「コールド・ターキー」(69年10月発売)、「インスタント・カーマ」(70年2月発売)の3曲を加えた全14曲。これが基本となり、4種類のフォーマットが発売されている。
2)2LP/UICY-75192/3(直輸入盤仕様・完全生産限定盤/8ページのブックレット、ウォー・イズ・オーバーのポスター、英文ライナー翻訳・歌詞対訳付)
3)2CD/UICY-79529/30(スリップケース入り、20ページのブックレット、ポスター、英文ライナー翻訳・歌詞対訳付)
4)スーパー・デラックス・エディション(6CD+2ブルーレイ/UICY-79517輸入国内盤仕様・完全生産限定盤/132ページの豪華ブックレット、ポスター、ポストカード2枚、英文ライナー翻訳・歌詞対訳付)
基本となる通常盤「1CD」には、ジョンの声を中心に据えて新たにリマスター・リミックスして音質をアップグレードしたアルティメイト・ステレオ・ミックス14曲を収録。「2CD」「2LP」には2枚目にそれらの曲のアウトテイクが収録されている。これからジョンのソロを聴くという場合、この3フォーマットのいずれを選んでも、ジョンの魅力を知ることができるはずだ。
熱心なファンには、やはりスーパー・デラックス・エディションが気になるだろう。「2CD」に加えて、エレメンツ・ミックス(今まで聴こえなかったり使われなかったりした音の要素を前面に出したミックス)、ロウ・スタジオ・レコーディング(エフェクトを取り除き生演奏の音にできるだけ近づけたミックス)、オーディオ・ドキュメンタリー(デモ・テープからマスターとして仕上がるまでの過程を音でたどるドキュメンタリーのようなミックス)、ジャム、デモなどが収録された4枚のCDが用意されている。さらに2枚のブルーレイには、それらすべての内容のステレオ、5.1サラウンド、ドルビー・アトモスのHDオーディオが収録され、同時進行で制作されたアルバム『ヨーコの心』のためのスタジオ・ライブ・セッションなども収録。CDとブルーレイに収録されている音源は合計11時間分にもおよび、『ジョンの魂』のレコーディング・セッションの全過程を、さまざまな音源・音質で楽しめるのだ。
50年前のレコーディング過程の素材がこれだけ残されていただけでも驚きだが、それをこうして可能な限り完全な形で発表することは、ヨーコにとっては1つのアートなのかもしれない。同時にジョンがみずからの魂を削りながら、さまざまなメッセージをサウンドに乗せて届けようとする過程を、11時間に及ぶ音源で探求するほどの価値がこの作品にあることに、いまさらながら驚かされるのだ。
70年代のシンガー・ソングライターの時代を切り開く
5月21日からAppleTV+で配信が開始された『1971:The Year That Music Changed Everything』では、当時のアメリカ社会が抱える問題を取り上げた『ホワッツ・ゴーイング・オン』を大ヒットさせたマービン・ゲイなど、1971年の社会的政治的背景のなかで70年代の音楽をリードしたさまざまなミュージシャンが登場する。当然ながら、アメリカに渡って社会運動を展開したジョン・レノンや世界初の大規模なチャリティーコンサートを主催したジョージ・ハリスンも大きくフィーチャーされている。
70年代はシンガー・ソングライターの時代と呼ばれるが、ビートルズのメンバー4人もまたその新しい時代の音楽を切り開いたミュージシャンだった。とりわけアルバム『ジョンの魂』がこの潮流や社会に与えたインパクトの大きさは、今後さらに再評価されていくことになるだろう。
1952年愛媛県松山市生まれ長崎県長崎市育ち。山梨県立大学講師などを経て、作家・現代史研究家。日本文芸家協会会員。『大人のロック!』(日経BP/ビートルズ関連)、文藝 別冊(河出書房新社/ロック関連)、ムック版『MUSIC LIFE』(シンコーミュージック/ビートルズ関連)などの執筆・編集・監修などを担当。主な著書に『ロック・クロニクル/現代史のなかのロックンロール(増補改訂版)』(河出書房新社)などがある。
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