三つ星店も出す トマトとパンの簡単イタリア家庭料理
イタリア美味の裏側(5) イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

トマトがおいしい季節になった。個人的には、日ざしが夏らしくなると、猛烈にトマトソースのパスタが食べたくなってくる。
暑かったり疲れたりしたときは、コンロの前に立つのさえイヤになる。そんなとき、イタリア料理のトマトを使ったメニューは助かる。トマトとモッツァレッラを切ってバジリコをのせたカプレーゼは、一品あるだけで食卓と気分を明るくしてくれる。
今回は、火をまったく使わないか、使っても10分というトスカーナ伝統のトマト料理を2品、ご紹介しよう。日本のフレッシュ(生)トマトでかんたんにつくれる。

トマトとパンのサラダのつくりかた
まずは、トマトとパンのサラダ「パンツァネッラ」。トスカーナのパンは伝統的に塩が入っていないため硬くなりがちで、そうしたパンを利用するメニューがいくつかある。トスカーナのレシピには、「硬くなったパン」とわざわざ書いてあるほどだ。そのままでは食べられないほど硬くなったパンも、もったいないので庶民は別メニューに使った。飢餓をなくすことを目標のひとつとし、フードロス削減をめざす現代のSDGs(持続可能な開発目標)より、数百年も前からあったメニューである。
トスカーナ州フィレンツェの三つ星リストランテ「エノテーカピンキオーリ」などで修業した「クリマディトスカーナ」(東京・文京)の佐藤真一オーナーシェフにつくり方をきいた。

まず硬くなったパン(バゲットでよい)をひと口大に切って、赤ワインビネガーを加えた水に浸す。10分ほど浸してから、パンをギュッと絞り、紫玉ネギとキュウリの薄切り、ざく切りにしたトマト、手でちぎったバジリコと混ぜる。オリーブオイル、塩、コショウで味つけしてあえればできあがり。
「硬くなったパンがないときは、バゲットなど皮や身が硬めのパンを約2cm角にカットし、オーブントースターで焼き色がつかないくらいに乾燥させます。食パンやロールパンのような柔らかいパンより、バゲットやパンドカンパーニュのようなパンのほうがいずれの料理にも合うと思います」と佐藤シェフは言う。
火を使わずに、主食であるパンの炭水化物と野菜の食物繊維やビタミンがいっしょにとれる便利メニューだ。シンプルな料理だけに、オリーブオイルは上質なものを使いたい。トスカーナはいわずと知れたオリーブオイルの名産地だからこそ、これほどかんたんな料理でもおいしくなるといっていいだろう。

次にご紹介するのは、トマトのパン粥(がゆ)「パッパ・アル・ポモドーロ」。パン粥という聞きなれない料理にたじろぐかもしれないが、イタリア人にとって食欲がなかったり、体調がすぐれなかったりするときのお助けメニューでもある。これもまたフードロス削減になるし、家飲みのあとの締めにもよいだろう。
ホールトマト缶でつくれるトマトのパン粥
日本で新型コロナウイルス感染対策として初めて緊急事態宣言が出されたとき、イタリア食材・ワインの輸入商社「日欧商事」(東京・港)が「おうちイタリアン」向けにつくった動画がある。佐藤シェフがパッパ・アル・ポモドーロのつくり方を紹介したのがその1つ。日欧商事のホームページ(HP)で見られるようになっている。
動画で紹介されているのはホールトマト缶を使ったつくり方だが、今回は日本のフレッシュトマトを使った方法を佐藤シェフに教えてもらった。

鍋にオリーブオイルとニンニクを熱し、ニンニクの風味を移す。ザク切りにしたトマト、バジリコ(またはセージ)、野菜のブロード(だし=野菜コンソメの素を使ってもよい)を入れ、コクを出すためにトマトの濃縮ペーストを足し、10分ほど煮る。硬くなったパンを入れてさらに煮て火を止める。鍋に蓋をしてふやかし、泡立て器で軽くパンをつぶして、塩で味を調える。
「フィレンツェのエノテーカピンキオーリでも、リストランテならではのパンツァネッラとパッパ・アル・ポモドーロを出していました。うちの店でも出しております」と佐藤シェフは言う。現地のミシュラン三つ星店がこのような家庭料理を? と驚かれるかもしれないが、郷土料理や地方料理、伝統料理がベースにあるイタリア料理は、家庭でつくられるものも多い。だから、こうした家庭料理が、リストランテでも温故知新のスタイルで出されるのである。

トマトの濃縮ペーストで佐藤シェフがお勧めなのは、ムッティの「3倍濃縮トマトペースト『トリプロ』」。イタリアでコンチェントラートと呼ばれる濃縮ペーストで、2倍濃縮は輸入食品チェーン店でも売られているが、「3倍濃縮が日本で手に入ることにイタリア人も感激する」と取扱小売店は言う。
シェフお勧め「3倍濃縮トマトペースト」の実力
イタリア料理といえばトマトのイメージがあるが、ヨーロッパにトマトがもたらされたのは、スペインのコルテスがメキシコから種をもち帰った1500年代前半。はじめは観賞用として育てられ、イタリアでトマトが食用となってからまだ400年くらいしかたっていない。
さらに、トマトといえば南イタリアの野菜のイメージがあるが、南部プーリア州の次にトマトの生産量が多いのは、ラグー(ミートソース)で有名な中部エミリア・ロマーニャ州であることもあまり知られていない。

そのエミリア・ロマーニャ州に本社をおくムッティは、イタリア北部・中部に約400、南部に約700のトマト栽培農家をもつトマト加工品メーカー。創業から100年以上の歴史がある。3倍濃縮トマトペーストは、遺伝子組み換え作物(GMO)ではない露地栽培によるイタリア産トマトを100%使用。このペーストを1キロつくるのに7.5キロの新鮮なトマトが必要だ。約30品種のトマトを使い、加えたのは塩のみ。サステナビリティ(持続可能性)も考慮して、水を節約する栽培法をとり、工場で使う水の8割を栽培に再利用している。
3倍濃縮トマトペーストは、主にイタリア北部・中部の煮こみ料理やソース、ミートソースに使われる。トマトにはうまみ成分であるグルタミン酸が含まれ、濃縮トマトペーストはそのうまみが凝縮されている。だから、これを使いはじめると、何にでもたっぷり入れたくなるのがタマに傷。あくまでも隠し味程度に使いたい。
(イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子)
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。
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