首都圏の気鋭しょう油ラーメン2店 完成度の高い一杯

いまだ新型コロナウイルスの猛威がやまない。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の発令に伴う飲食店の営業時間短縮などで、外食が貴重な機会となる中で、「せっかく外に食べに行くのなら、外さない店を選びたい」というメンタリティは依然、日本中の多くの国民が共有しているところだろう。
そこで、今回のコラムでご紹介する、とっておきのお店は「しょう油ラーメン」の2店。実はここ最近、ラーメンの「王道」とでも言うべきしょう油ラーメンを提供する店がめっきり増えている。「変化球ではなく、絶対に外さない王道の1杯を食べたい」。コロナ下、そんな食べ手の気持ちが、作り手にも伝わっているのかもしれない。
◎中華そば深緑(埼玉県東松山市)
名店『四つ葉』の2号店がいよいよ始動!食べ手を大いに魅せる4種の醤油ラーメン
最初にご紹介するのが、2020年9月24日、埼玉県比企郡川島町の実力店『中華そば 四つ葉(2013年6月創業)』のセカンドブランドとして、『四つ葉東松山臨時店舗』をリニューアルする形でオープンした『中華そば 深緑(ふかみどり)』。
屋号の『深緑』は、店主の岩本和人氏が「ここで一度初心に返り、ラーメンという食べ物の味をより一層究め、『四つ葉』の緑を更に深めていきたい」との意味合いを込めて名付けたもの。
店舗の場所は、最寄り駅の東武東上線高坂駅から約3.5km(徒歩60分程度)。率直に申し上げて、特に公共交通機関利用派にとってはハードルが高いと言わざるを得ないロケーションだが、開業以降、営業時間中は、ほぼいつも店に長い行列が絶えないほどの盛況ぶり。場所柄、車活用派が主だが、駅から歩いてアクセスする猛者も一定数いるから驚きだ。

現在、『深緑』が提供する麺メニューは、「黒出汁(だし)」「白出汁」「羅臼昆布と鮭(サケ)節の中華そば」「極上かつお節の中華そば」の4種類。
そのいずれもが、清湯(スープが透き通った)しょう油ラーメンだ。日本全国にラーメン店は数多くあるが、ここまでしょう油ラーメン作りにリソースを割くお店は珍しい。
4種類のしょう油ラーメンのうち、券売機の左上に陣取るフラッグシップメニューは「黒出汁」。複数回足を運んでいる方ならともかく、初訪問時にはこちらを頼むのがオススメだ。
ベースとなるスープの構成は、この上なく手が込んでいる。鶏(東京シャモ・村越シャモロック・ホロホロ鶏)と、豚(六白黒豚)を丁寧に炊き上げて、味の「土台」を構成する動物系出汁を創造。
それに、魚介出汁(カキ・アサリ・ハマグリ・伊吹イリコ等)と、野菜出汁(ゴボウ・マッシュルーム・白菜等)をバランス良く折り重ねたスープは、現存する淡麗しょう油の「最高峰」と言っても過言ではない。

スープ温度が高い序盤は、豚・鶏に由来する重厚なイノシン酸のうま味が優勢。食べ進め、スープが徐々に舌になじむにつれて、おもむろに自己主張し始める貝由来のコハク酸。それに、野菜のナチュラルな甘みが加わり、食べ始めから食べ終わりまで、素材本来の魅力が肌身で実感できる、圧巻の仕上がりとなっている。
全国各地から選び抜いた7種類のしょう油を、緻密な計算の下で掛け合わせて創ったしょう油ダレも、傑物のひと言に尽きる。ひと口目から味覚中枢を一気に覚醒させるけん引力を誇示しながら、出汁に含まれる素材の持ち味を損ねるどころか、かえって引き立てることに見事に成功。この黄金律を探り当てるのに、どれだけの艱難(かんなん)辛苦があったのだろうか、察するに余りある。
岩本店主のラーメンにかける本気度が、丼を通じてしっかりと伝わってくる。麺やトッピングも、非の打ちどころのない完成度。気が付けば、丼はいつの間にか空っぽになっていた。

◎中華そばえもと(東京・中目黒)
本年3月、新装開店!試行錯誤の末にたどり着いたネオクラシックの最適解
続いてご紹介するのは、『中華そば えもと』。2014年9月に開業した人気店『らーめん恵本将裕』が本年3月、全面リニューアルした店だ。同店の店長・佐藤栄市氏は、煮干しラーメンの人気店『ラーメン凪(なぎ)』(東京・新宿)のご出身。『凪』でラーメン作りのノウハウをみっちりと学んだ後、『恵本将裕グループ』へと移籍。同グループの味づくりなど、肝心要の部分を任されている一線級のラーメン職人だ。
店舗の場所は、東急東横線と東京メトロ日比谷線が乗り入れるターミナル駅、中目黒駅から徒歩2分ほど。
大通りから一本中へと入った路地に佇(たたず)み、店舗入り口は、階段を数段降りた半地下。隠れ家とまでは言わないが、知る人ぞ知る穴場的なロケーション。
漆黒に塗装された外壁に木材本来の温かな色合いを生かした看板は、シンプル・イズ・ベストそのもの。燃えさかる炎のように真っ赤な提灯(ちょうちん)も、外観演出上のアクセントとして、抜群の存在感を発揮している。
作り手のセンスの良さが投影された、無駄のない機能的な外観。この外観を見れば、食べ手も期待値を高めざるを得ないだろう。
店舗の入り口付近に券売機が鎮座。現在、同店が提供している麺メニューは、「中華そば」とそのバリエーションのみで、ラインアップは実に潔い。

同店のデフォルトメニューは、券売機の左上にボタンが配置された「中華そば」。「チャーシュー麺」や「メンマそば」もいいが、個人的に特にオススメしたいのが「中華そば」に生卵を落とした「月見中華そば」だ。
店長の手際は実に鮮やかで、注文からわずか5分弱でラーメンが登場。丼の底まで見通せるほどの透明度の高さを誇るこはく色のスープは、理屈抜きに魅惑的。あえて不規則に刻まれたネギや、「の」の字が描かれた桃色のナルトが、たとえようのないノスタルジーを演出している。
動物系素材(豚ゲンコツ)と魚介素材(2種類の煮干し・サバ節・宗田節)を、クオリティーに細心の注意を払いながら厳選し、寸胴で丁寧に炊き上げたスープは、前日の残りのスープを日々継ぎ足す「呼び戻し」の手法を採り入れたもの。
味蕾(みらい)に触れた瞬間、煮干しの滋味とサバ節の和風味が味覚中枢を直撃。魚介の華やかなうま味を支える土台としての動物系のコクも、実に骨太だ。
このスープに合わせる麺も、佐藤店長と製麺所の試行錯誤のたまものである。水魚のごとくスープと交わり、放たれる艶やかな小麦の香りが鼻腔(びくう)をくすぐる。
提供当日の朝に仕込む自家製メンマと旨辛いチャーシューを、テンポ良くほお張りながら食べ進めていくと、いつの間にか完食。「多くは望みません。お客様に末永くかわいがってもらえるお店にしていければ」と笑う佐藤店長。
実食し、改めて確信した。店長の願いが現実となる日は、そう遠い未来の話ではないだろうということを。
(ラーメン官僚 田中一明)
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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