カツがなくてもカツカレー? 海を渡ったがっつり飯

おなかが空いたときに食べたい、ボリュームたっぷりの料理、いわゆる「がっつり飯」の代表として「カツカレー」をあげる人は多いのではないだろうか。「トンカツ」と「カレー」、それだけで「主役」を張れる2つが「豪華共演」するのだから、おいしくない理由が1つも見つからない。この、なんとも魅惑的なコラボは今、欧米を中心に海外でも人気だそう。
中には、独自の解釈やアレンジが加えられて、日本で普及しているカツカレーとはほど遠いものもある。ツイッター上ではそれらを摘発する「#カツカレーポリス」というハッシュタグもあるほど。今回はオーストラリアとイギリスに住む日本人に、現地のカツカレー事情について聞いてみた。
カツカレーとは説明するまでもなく、トンカツ、すなわち豚肉にパン粉をつけて揚げたものがカレーライスの上に乗っかった料理である。サクサクジューシーなカツにスパイシーなカレーのソースとご飯の組み合わせ、「考えた人、天才!」と思った人も多いのでは?
「発祥」「元祖」にはいくつか説があるが、そのうちの1つは東京・銀座の洋食店「銀座スイス」。「カツカレー発祥の店」とみずからうたっており、同店ホームページの「当店の歴史」というコーナーの中に経緯が詳しく書かれている。
それによると、この魅惑的な組み合わせを考えたのはシェフではなく当時の現役プロ野球選手。1948年、常連客であった読売ジャイアンツの故・千葉茂さんの一言により生まれたものという。
「とある巨人・阪神戦の前、おなかがすいてたくさん食べたいし、早くも食べたい、ガツンといっきに食べたく思いついたのが、『カレーライスにカツレツを乗っけてくれ!』だったのです。言われた当店はビックリです! 今ではトッピングは普通ですが、当時、カレーライスに何かを乗せる発想は無かったのです」(同店ホームページより)。
この2つは千葉選手の大好物であり、特にカツレツは「勝負に勝つ(=カツ)」に通じることから試合前によく食べていたという。
「千葉茂氏がおいしそうに食べる姿と、見た目のボリューム感や美しさで、さっそくメニューに加え当店の人気メニューになったことはもちろん、あっと言う間に全国的に広がりました」とのことだ。
今ではそのおいしさは日本だけに留まらず、海を越えて知られるようになった。
ジャパニーズカレー=カツカレー
「海外でもカツカレーは大人気です。場所によっては『ジャパニーズカレー』というと、それだけで『カツカレー』を指すことが多くなってきています。つまり、普通のカレーよりもカツカレーが主流なんです」。
そう語るのは、世界約100カ国の現地在住日本人ライターの組織である「海外書き人クラブ」のお世話係を20年以上務め、世界の食事情に詳しいオーストラリア在住の柳沢有紀夫さんだ。
同団体は日本の飲食店経営者向けのウェブサイトに定期的に情報提供しており、柳沢さんのもとには各国に住む日本人ライターやジャーナリストから現地の飲食事情が常に送られてくる。
「カツカレーが人気であることが確認できているのは、アメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアです」
まずは柳沢さんが住むオーストラリアの事情について聞く。
「オーストラリアでは、ランチタイムのフードコートではマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどのファストフードと並ぶ人気ぶりです。こちらは物価が高いので、フードコートでもドリンク抜きで日本円で1000~1300円くらいしますが、カツカレーだと800円くらいで食べられるのも人気の理由の1つでしょう」
海外における日本食といえば値段が高いイメージがあるが、ボリュームがあってこれだけ安いとなれば人気が出るのも当然だろう。
実際に柳沢さん自身もフードコートでカツカレーを食べることがあるという。味については「日本のカツカレーとほぼ同じで安定のおいしさです」とのこと。
「日本ではカツカレーというとトンカツが主ですが、チキンカツも多いです。ポークよりもチキンのほうがヘルシーというイメージがあるので、むしろチキンカツカレーのほうが人気です」

チキン人気には「マレーシアや中東からの移民のイスラム教徒などは豚を戒律上食べられない」ことも理由の1つだという。カツのバリエーションは他にも硬めの豆腐を揚げた『トーフカツ』もポピュラーだとか。
「欧米もそうですが、オーストラリアはベジタリアンが多いことが関係していると思います。こちらも何度か食べましたが、『悪くない』という感じ。わたしにとっては、チキンカツやトンカツのものに比べてすごくおいしいというわけでもありませんでした。そもそもどれも『カレーの味』になりますしね。トーフカツはベジタリアンやヴィーガン(卵・乳製品も摂取しない完全菜食主義者)だけでなく、ヘルシー志向の人にも人気があります」
揚げ物+カレーという時点でもはやそこまでヘルシーではない気もするが、とにかく「日本食はヘルシー」というイメージが先行しているのだとか。また日本食のイメージから箸で食べるオーストラリア人が多いそうな。日本人でもカレーを箸で食べるのは難しいと思うのだが……
もう1つ、オーストラリアならではの特徴としてはカレーに「七味唐辛子」をかけることがある。これは自分で辛さを調整できるため。柳沢さんも最初のころは違和感があったというが、「慣れてしまえば合理的に感じます」とのこと。

日本では大人用と子ども用のカレーを作っている家庭も少なくないだろう。この「七味で辛さ調整カレー」、採り入れてみるのもいいかもしれない。
次にイギリスのカツカレー事情を見てみよう。
ロンドン大学で人類学を学んでいる石崎朱理さんも先日、カツカレーの写真をSNSにあげたばかりだ。

「カレーハウスCoCo壱番屋が開店したときには、大行列ができていました。特にアジア系の友人は好きですね」とコメント。「イギリスでは、インドを植民地化した歴史を背景に、そもそもカレーは国民食のような人気があります。日本のカツカレーの人気が出たのはそういったことも関係しているのかもしれません」と分析している。
ロンドン在住20年の友人からはこんな話も聞いた。
「イギリスでは『カツカレー』は『スシ』と同じくらい一般的に知られる存在ですね。スーパーの総菜コーナーにも当たり前のように売られているほど。ただ、最近はカツカレーと書いてあるのにカツが乗っていなかったり入っていなかったりする弁当やレトルトカレーなんかもあるんですよ」
「#カツカレーポリス」が出動中?
それはちょっと驚きの事実! カツカレーのアイデンティティーは「カツ」にあるわけで、それを失ったらカツカレーではないのではないかと思うのだが……。よくよく聞いてみると、「どうも『カツカレー』という言葉が『ジャパニーズカレー』『和風カレー』という意味になっているみたいです」とのことだった。
このような状況に、イギリス在住の日本人の間で「これはカツカレーじゃない!」とSNS上で「摘発」する「#カツカレーポリス」「#katsucurrypolice」というハッシュタグが一時期流行したほどだ。
ツイッター上にある「摘発されたブツ」の写真を見ると、確かに「これはカツカレーじゃない!」というものがズラリ。「KATSU CURRY」とパッケージに書いてあるポテトチップスやチキンナゲット、サバ缶などがあがっていた。
しかし、ここまで数が多いと、「けしからん!」というよりはイギリスの人はこんなに和風カレーの味を愛しているのかとありがたい気持ちにさえなってくる。

振り返ってみれば、我々日本人だって同じことをしてきたのではなかったか。インド発祥のカレーにさまざまなアレンジを加え、「日本の国民食」にまで育てあげてきたのである。海を渡ったカツカレー、それぞれの国で独自の進化を遂げるのを温かく見守ろうではないか。
(ライター・柏木珠希)
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