ホンダ「GB350」 楽器のような快音の単気筒エンジン

ホンダは2021年4月22日、新型ロードスポーツバイク「GB350」を発売した。ホンダが久しぶりに投入する単気筒エンジン搭載の中型バイクということで、発売前から大きな注目を集めた一台だ。
GB350は二輪車の巨大なマーケットとなっているインド市場で開発された「H'ness(ハイネス) CB350」の日本仕様版で、348ccという日本ではあまり馴染みのない排気量も、グローバルな展開を見据えて設定されたものだ。インドでは20年の発売以降、すでに大ヒットしているという。
人気カテゴリーの「ネオ・クラシック」
いま世界のモーターサイクルシーンでは「ネオ・クラシック」と呼ばれるカテゴリーが人気となっている。「現代の車体やエンジンを過去の名車を思わせるデザインで包んだバイク」というのが、そのおおまかな定義だ。
一見、GB350もその仲間のように見えるが、実際は微妙にキャラクターが異なる。古典的な形式のエンジンを最新技術を用いて新設計するなど、あくまで現代のモーターサイクルとして、クラシックモデルが持つ魅力を再現しようとしている。

その白眉が「ロングストローク」で設計された空冷単気筒エンジンだ。ロングストロークというのはエンジン内部のシリンダー内径(ボア)と、ピストンが往復するときの行程距離(ストローク)の関係性のこと。エンジンの基本特性に大きな影響を与える要素なので、車両カタログの諸元表にもしっかり表記されている。
内径が行程距離よりも大きい値ならショートストローク型、内径よりも行程距離のほうが大きい値ならロングストローク型と呼ばれる。専門的になってしまうのでこれ以上の詳しい説明は割愛させてもらうが、現代のほとんどのモーターサイクルは前者を採用する。モーターサイクル用のエンジンとして、ショートストローク型のほうが総合的に高性能化しやすいからだ。先ごろ生産終了が話題となったヤマハSR400も、ショートストローク型の空冷単気筒エンジンである。
ではなぜホンダのような大メーカーが、非効率なエンジンをわざわざコストを投じて新設計したのか。ホンダ曰く「インド市場で支持されている『ロイヤルエンフィールド』に敬意を表しつつ、味わい深い二輪車の普遍的な魅力を最新の技術で再構築したかった」とのこと。
ロイヤルエンフィールドは1901年に英国で創業した老舗のモーターサイクルメーカー。70年に本社は倒産するが、インドに設立していた現地工場がブランドを引き継いで生産を継続。国内の巨大な二輪市場を背景に、50~60年代の基本メカニズムを変えることなく生産を続け、インドの国民車として広く親しまれてきた。つまり一種の"ガラパゴス"だ。そのロイヤルエンフィールドの象徴ともいえるエンジンが、ほかならぬロングストロークの空冷単気筒なのである。

実際にGB350に試乗してみると、クラシックバイクのおいしい部分だけを抽出したような乗り味だった。
特に印象的だったのが、マフラーから発せられる快音だ。スロットル操作にシンクロして、排気量の大きい単気筒エンジン(ビッグシングルともいう)特有のはじけるような排気音がどの回転域でも心地よく響く。メーカーのリリースを読むと、排気音は本車のキャラクターを体現する特徴のひとつであるとして、開発初期段階からサウンドの質を検討してきたという。実際、不快なノイズだけがカットされ、音色がとてもクリアだ。まるで楽器である。
ドコドコと心臓の鼓動のような振動

加えて「鼓動感」の演出も素晴らしい。
4ストロークの単気筒エンジンは燃焼間隔が長いため、ドコドコと心臓の鼓動のような振動を発する。GB350のように排気量の大きい単気筒エンジンになるとその特性はさらに強まる。バイク乗りの間ではこれを「鼓動感」と形容し、好ましいものとして認知されている。だが、エンジン回転数が高まる高速走行や長時間走行では、手足がしびれて疲労しやすいなどの弊害もある。
GB350はエンジンに「メインシャフト同軸バランサー」という機構を採用し、鼓動感を強調しつつ、不快に感じる振動だけを打ち消しているという。この効果は絶大で、時速100キロメートルで巡航しても、不快な微振動がしっかりと抑え込まれているため、疲労感がとても少ない。心地よい鼓動感と快適性はトレードオフの関係にあるという、従来の認識をどうやら改める必要がありそうだ。

極低速でもエンストの不安がなく、しっかりと粘ってコントロールできるのは、低速トルクが豊かなロングストローク型エンジンの美点だ。
ただ、スロットルをラフに開けたときに、ビッグシングルらしい地面をガツンと蹴り飛ばす瞬間的な力強さがもう少し欲しいと思った。それでも排気量を考えるとこんなものかと納得して試乗を終えようとしたのだが、試しに標準装備されているHSTC(Hondaセレクタブルトルクコントロール)の作動をオフに設定してみたら、キック力が明らかに向上した。
HSTCは路面状況に応じてエンジンが発するトルクを最適化し、後輪の空転を抑制するための安全装備だが、安全を確保できるならオフにするのもアリだろう。

インド市場でのニーズを考慮したためか、GB350はスリムであることが身上の単気筒エンジン搭載車としては、かなり堂々とした車格である。15リットルの容量を持つ燃料タンクには、ボリュームのある形状を採用した。ライディングポジションは、リラックスしてどっしりと腰を下ろすタイプに。リアシートも大人がしっかりと乗れるスペースとクッション性が確保されている。これならタンデム(二人乗り)ツーリングだって十分対応できる。
ちなみにシート高は800ミリメートルで、身長170センチメートルの筆者だと両足の指の付け根が接地する。
ハンドリングはどちらかといえば穏やかな特性だが、ワイドなギア比とスロットルを開ければ、どこからでも加速するトルクフルなエンジンのおかげで、カーブが連続する道もイージーかつスムーズに駆け抜けられる。カタログスペックの通り、数値的なパフォーマンスこそ目を見張るものはないが、ライダーがエンジンと対話し、自由自在に操れるという意味ではスポーティーであるともいえる。
価格は55万円(税込み)。個人的にはものすごくリーズナブルだと思った。ここまで単気筒エンジン、ひいてはモーターサイクルの面白さを体感できるモデルは大型クラスを含めてもそうはないからだ。
GB350は既存のコンポーネントを寄せ集めて作ったお手軽なレトロバイクとはまったく異なる。いにしえのモーターサイクルが持つ「テイスト」を、ゼロから徹底的に追求した力作であり、その出来栄えも見事だ。この成熟したモーターサイクルが日本ではなく、インドのマーケットから生まれたことに、一抹の寂しさと時代の流れを感じてしまうが。


(ライター 佐藤旅宇)
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