永作博美さん 役全うの責任感、実力派に導いた転機は
今春は大河ドラマを始め、NHKで放送中のテレビドラマがツイッターなどで盛り上がっているようです。昨今の人気ドラマのほとんどは、刑事系(司法系含む)、医療系、恋愛系のおおよそ3つに大別されますが、今話題となっているNHKのドラマはその3つのくくりには入らないのが特徴的です。

よるドラ『きれいのくに』や土曜ドラマ『今ここにある危機とぼくの好感度について』がそうですが、ドラマ10『半径5メートル』は私が一番注目しています。
女性週刊誌の若手編集者と型破りなベテラン記者のバディが、身近な話題に関する取材を通して、世の女性たちが日々感じている生きづらさと向き合っていく物語です。若手編集者を芳根京子さんが、ベテラン記者を永作博美さんが演じています。
意表をついた「オバハン」役
特に、自他共に認めるオバハンライターに扮(ふん)している永作さんの役作りは、ツイッターでも「永作博美さんの個性的な役柄も楽しませてくれる要因の一つ」「永作博美がいい演技してる」などと評判も上々のようです。
永作さんと言えば、第35回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した『八日目の蝉』(2011年公開)や、今年の第44回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した『朝が来る』(20年公開)など、やさしくて芯の強い母性愛あふれる母親役が印象的です。
一方、『人のセックスを笑うな』(08年公開)では、青年を翻弄する年上女性を演じ、小悪魔的な魅力を存分に発揮していました。
そうしたなかで、今回のドラマでは意表をつき自他共に認める「オバハン」役。女性週刊誌の「さすらいのオバハンライター」コーナーが人気のフリーの名物記者を見事に演じ切っています。
かわいらしいルックスの永作さんがオバハンと称されるのには違和感を覚えそうですが、ドラマを見ているうちに、自然体でオバハンになりきっている永作さんの姿にいつのまにか魅せられてしまいます。
「芝居なんて恥ずかしいものだと思っていた」
いくつになってもかわいらしい容姿の持ち主である永作さんですが、もともとはアイドルグループの出身です。自身のアイドル時代について永作さんは、20年10月10日に放送された『サワコの朝』(TBS系)のなかで、「子供のときから歌が好きで歌がやりたいと思っていて、芝居は興味ないし、芝居なんて恥ずかしいものだと思っていたんです」と語っています。
そうした思いがあるなかで、アイドルから女優へ転身したばかりの20代は、自分の芝居がつまらなく感じて嫌でたまらなくて、周りからも「演技がダメ」と言われ続けていたのだとか……。
ですが、その気持ちは30代前半に変化します。
それまで永作さん自身の中に鬱積したジレンマを演技のなかで発散できた時、周囲からも演技をほめられるようになり、役を任される責任感をより強く意識するようになったのだそうです。そして、役を全うする責任感のなかで演じ続けた永作さんの30代は、映画やドラマへの出演も増え、名実ともに人気女優の道を歩んでいきます。
そうしたなか、30代の最後に挑んだ作品が日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞した『八日目の蝉』でした。
永作さんは責任感の芽生えから着実に前進し、30代を通して仕事人としての1つの成果を結実させ、実力派人気女優の地位を確立したのです。
短期集中型のアイドルから長期戦の女優へ
女優という職業にたどり着く道を考えたとき、「オーディションやスカウトを経る」「劇団員として演技経験を積む」「モデルとして脚光を浴び転身する」など様々なルートがあります。そのなかでも「アイドルから女優に転身する」という道が、一番難しく厳しいものなのではないでしょうか。
なぜなら、若さとかわいさが求められるアイドルは、短期集中型で自身の魅力を表現しなければならず、短い期間で疾走することを求められるからです。
一般企業で言えば、毎年、新卒社員が事務職として入ってくるため、若手として重宝される時期が長くないのと似ているのかもしれません。
一方、女優の仕事は様々な作品と出合うなかで、その場に必要な役割を全うしていくものです。仕事を積み重ねながら実力をつけて前進していき、年齢につれて役柄も変化していきます。進み方によっては長期戦も可能です。
女優としての実力の高まりとともに開かれていく道は、一般企業にたとえると、総合職に就き様々な部署を経験しながら、やがて会社の幹部になる道に近いのかもしれません。ですので、永作さんのように年齢と共に上手に転身していく様子は、女性たちにとって1つのモデルケースであるようにも思います。
責任感と謙虚さを忘れず進み続ける努力
永作さんは『サワコの朝』の中で自身の好きな歌として、『八日目の蝉』で使われている坂本九さんの『見上げてごらん夜の星を』を挙げていました。
下を向かずに夜空を見上げてごらんというメッセージが込められた、「見上げてごらん~夜の星を~」という歌詞に思いをはせることで、「みんなちっちゃいんだよ」と、調子に乗りそうな自分に謙虚な気持ちを思い起こさせるのだそうです。
この謙虚な気持ちを思い起こすという姿勢は、どの職業や仕事においても大切です。
四六時中、謙虚さを前面に出す必要はありませんが、仕事で関わる事業やプロジェクト、自身のキャリア構築がうまく進んでいても、どこかに慢心があると、ふとしたタイミングで足元をすくわれたり、落とし穴にはまってしまったりするものです。特に前を見て進んでいる時には、足元を確認する作業を怠りがちです。
だからといって、常に下を向いている必要もありません。前を見据えて進んでいくなかで、謙虚さを忘れずに要所要所で自身が立っている場所を確認し足元を固めていれば、進む先に落とし穴があったとしても避けられます。
責任感が芽生えて以降、着実に前進し続けてきた永作さんも、成果を出しつつ謙虚さを忘れずに足元を固めながら、同時に下を向かずに前へ前へと進み続けてきた――。その結果が、50歳の実力派人気女優としての今につながっているのだと思います。
放送中の『半径5メートル』を通して、やさしいママでも小悪魔的な女性でもなく、自他ともに認めるオバハンになりきる永作さんの姿を楽しみつつ、責任感と謙虚さを忘れずに、下ではなく前を向いて進み続ける努力を重ねていきたいものです。
経済キャスター。国士舘大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。JazzEMPアンバサダー、日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。地上波初の株式市況中継番組を始め、国際金融都市構想に関する情報番組『Tokyo Financial Street』(STOCKVOICE TV)キャスターを務めるなど、テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへ出演。雑誌やニュースサイトにてコラムを連載。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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