まだまだ続く高級食パンブーム キーワードは「水」

タピオカミルクティーや熟成肉など、過去10年間で話題になった食材はたくさんある。なかでも一時的なブームで終わらず、日本の食シーンにすっかり溶け込んたと言えるのが「高級食パン」ではないだろうか。
以前は、食パンと言えば6枚入りで100~200円が相場。普段の"食事用"パンなので、非日常感はなく「どの家にもいつもあるもの」だっただろう。そのイメージを大きく変え、1000円以上の値段が付けられたり、包装紙や箱に入れた贈答品として扱われたりするようになったのが、高級食パンブームである。
ブームのきっかけは、2013年にセブンイレブンが発売した「金の食パン」だとか、都内のベーカリーが出した高額商品が始まりだとか、諸説ありはっきりしない。しかしこの10年で高級食パンは定着。コロナ禍の「おうち消費」とも合致し、ますますヒットした。当欄でも紹介してきたが(「行列食パン店仕掛け人 奇抜な店名で引き立つ本物の味」参照)、高級食パン専門店は都内を中心に全国に登場している。
しかし多数ある専門店の中でも、特に食パンの原料の「水」にこだわる店が最近増えてきていることをご存じだろうか。今回はそんな都内の高級食パン店4店を紹介する。

1店目は三軒茶屋(本店)と新宿、横浜にも店がある「JUNIBUN BAKERY(ジュウニブンベーカリー)」だ。「ジュウニブン食パン」(497円)、「バターリッチ食パン」(648円)、「シカク食パン」(519円)の食パン3種をはじめ、いろいろな総菜パン、菓子パン、ケーキも販売している。
実は数年前、「食パンブームとはいえ、パンのレベルが高い日本ではもう新しいパンなんて出ないのでは」とタカをくくっていた筆者の意識を大きく変えたのが、この「ジュウニブン食パン」だった。いつも寄る新宿のデパ地下で「見たことのない新店ができているなあ」と試しに購入した食パンの味に、衝撃を受けた。

食感がとにかく「もーっちり、みずみずしい」。ネットでは「パンを食べているのか餅を食べているのかわからなくなる」とコメントしている客もいるがその通り。このパンを考えたのは、飲食業界の風雲児で「カンブリア宮殿」などメディアにも出演多数、同店を経営する会社の代表取締役でシェフの、杉窪章匡(すぎくぼ・あきまさ)さん。
「世界のどの国でも日本ほどパンの種類が豊かな国はありません。国産の小麦粉の味や香りも素晴らしく、もちもちした食感を生む日本発祥の湯種(ゆだね)製法(=熱湯で生地をこねること)も、世界のトレンドになりつつあります。それを体現したパンを作りたかったのです」と話す。
ジュウニブン食パンは、加水率120パーセントと、水が粉に対して圧倒的に多い。それゆえこのもっちりした、独特のパンができあがる。パンを食べて心も満たされ、「十分、を上回る"十二分"の充足感を得てほしい」という願いを込められて命名されたそうだが、かつての筆者のように「食パンはどれも同じだろう」と思う方は一度味わっていただきたい。

2店目は東急東横線・都立大学駅近くにある「ふじ森」だ。1990年代後半、当時珍しかったフランス菓子のカヌレや、最高級発酵バター「Echire(エシレ)」を日本に広めたことで知られるベーカリー界の重鎮である藤森二郎シェフの次女、藤森もも子さんが営むパン専門店だ。
目を引くのはもも子さんが考案した本数限定の超高級食パン「ふじ森」(3000円)。通常、食パンの油脂分は生地の1~2パーセントだが、これは10パーセントまで上げたリッチな食パンで、しかもその油脂分は丸々エシレバター。芳醇(ほうじゅん)でぜいたくな香りが立ちのぼり、ちぎってほお張るだけで豊かな気持ちになる。

そしてこれに続く「プレミアムソフト」(1500円)が水にこだわった食パンで、これも「ふじ森」に負けず、全国から注文が来る主力商品だという。吸水力の高い小麦粉を使い、加水率100パーセントの生地でもっちり。優しい甘みがあって口溶けがよく、生でもトーストでも抜群においしい。
「幼少期に父から『日本人は唾液の量が欧米人より少なく、そしゃく力も弱いので水分量が高いものが好まれる』と教えられ、それを意識した商品作りをしています。実際、生食パンやとろとろのプリンなど、食でヒットしているのはそうした口当たりのもの。水分をしっかり含ませたパンは、口の中がパサパサしない上、砂糖やハチミツを使わなくても自然な甘味が出ます」(もも子さん)
ちなみに同店も冒頭の「ジュウニブンベーカリー」も、水分量にはこだわるが、使う水は意外にも「東京の水道水(をろ過したもの)」だという。「水そのもの」にこだわった高級パンはあるのだろうか? それが次に紹介する2店である。

まず「銀座 に志かわ」だ。筆で大きく書かれたのれんは、目にしたこともあるのではないか。2018年創業の若手企業ながら、急速に拡大し北海道から沖縄まで97店舗(3月31日時点)を展開する全国チェーンだ。そして商品は究極に特化し、「水にこだわる高級食パン」(864円)1点のみ。

このパンがまた不思議で、買った当日の焼きたてがおいしいのは当然だが、なぜか2日目が甘みが増して味わいが上がるのだ。そしてパンなのにキンピラゴボウやめんたいこ、漬けもの、などの和総菜や日本酒とも非常に合う。
理由を聞くと、「やはり『水』に秘密があると思います。一般的にパンの仕込みには酸性の水が適していますが、弊社では正反対の強アルカリイオン水を使っているのがこだわりです。社内で独自のアルカリイオン製水器を使って生成した水です。研究と開発に3年かかりました。この水が小麦粉や生クリームなどパンの材料や、ほかの食材のうま味を引き出したり、パン自体のおいしさも持続させたりすると考えています」(工房部長の竹村喜和さん)
銀座店では毎日1000本を売る。取材中も、ビジネスマンからシニア、ベビーカーを引いた若い母親まであらゆる層の客が絶え間なく買っていく様子に仰天した。

最後は昨年オープンしたJR阿佐ヶ谷駅の高架下商業施設、アルーク阿佐ヶ谷に入る「銘水食パン専門店 いちふく」。40年以上の歴史がある老舗ベーカリーチェーン「麻布十番モンタボー」が運営する食パン専門店だ。モンタボーでは金曜日限定で販売する、屋久島の縄文水を使った高級食パン「吟 屋久島(ぎんやくしま)」というヒット商品がある。これを元に開発した「いちふく」(972円)と山型食パンの「匠(たくみ)」(918円)、レーズンパンの「富士の雫」(650円)の3商品を販売。店内で毎朝焼いている。
「銘水食パン専門店」という名の通り水(天然水)にこだわり、上記の商品にも屋久島の縄文水と、ヨーグルト由来の発酵種を使っている(「富士の雫」のみ富士山の天然水を使用)。縄文水は硬度10の超軟水で、まろやかな口当たりが特徴。食パンもふっくら軟らかく、いくらでも食べられそう。地元で評判の小さなパン屋さんが、こん身の最高級食パンを作ったらこんな味というイメージだろうか。

以上、水にこだわった人気高級食パン専門店4店を紹介した。食べ比べも楽しかったが、こんがり焼けたいい香りの「食パン」の、素朴ながら深い魅力に改めて気づかされた。上質な食パンがあると思うだけで、毎朝ワクワクするのだ。
最後に、筆者が大好きな最高の味わい方をお伝えしたい。バターは塗るのではなく、「バターの薄切りをのせて」食べることだ。もちっとした熱々のトーストに冷たいバターが口の中で溶け出し、やめられないうまさだ。食べ過ぎに注意を。
(フードライター 浅野陽子)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。
関連企業・業界