三国シェフが動画レシピ投稿 連日アップに込める思い

新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言で、飲食店の多くが時短営業などを余儀なくされている。そんな中、有名店の料理人が投稿する動画が話題を呼んでいる。東京・四ツ谷の高級フランス料理レストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」のオーナーシェフ、三国清三さんもその一人。スーパーで調達できる身近な食材を用い、短時間で一流の味に仕上げるレシピ動画を昨年5月以降、連日動画投稿サイト「ユーチューブ」にアップしている。仕事の合間をぬって取り組む動画投稿に込める思いとはーー。
ユーチューブ動画のチャンネル名は「オテル・ドゥ・ミクニ」。15分から20分程度で視聴できるものが中心だ。昨年5月以降、投稿を続け、今年2月中旬時点で270回を突破。今なお新しいレシピ動画のアップを続けている。チャンネル登録者数は12万人を突破し、なお右肩上がりだ。
動画投稿のきっかけは、昨年4月から5月にかけての緊急事態宣言。その間、レストランを休業したため時間的余裕が生まれた。だが、それ以上に「コロナ禍で在宅で仕事をする人が増え、朝昼晩3度の献立作りに頭を痛める奥様方の存在に思いをはせたことも大きかった」(三国シェフ)。
三国シェフは20代の一時期、スイス・ジュネーブの日本大使館(軍縮会議日本政府代表部)の料理長として、大使夫妻の3度の食事を3年8カ月作り続けた経験がある。毎日の献立をどうするかや、バリエーションを持たせるのに随分と苦労したのを思い出す。だからこそ「一助になれば」という思いが強い。同時に「巣ごもりで、男性の間で料理作りに挑戦する人が増えた」ことも背中を押した。
レシピのメニューは「これなら自分でも作れそう」と思ってもらえるシンプルなものや、安くて旬な食材を用いたものが中心で、チャレンジ心をくすぐる。
「肉」や「魚介」「野菜」や「たまご」を使った料理のほか、「パスタ・麺」や「デザート」など幅広い。中には三国シェフのふるさと、北海道の居酒屋の裏メニュー「じゃがいものピュレ道産子風」なるものもある。ゆでたジャガイモとイカの塩辛などを用いた簡単レシピだが、基本はフランス料理をベースにしている。
スタッフが近所のスーパーに買い出しに行き、ランチ営業終了後、ディナー営業に入るまでのアイドルタイムを利用し週2~3回、まとめ撮りしている。シェフがコツを話しながら調理し、それをスタッフが一人で撮影し、編集している。まさに手作り感いっぱい。
再生回数が数十万回に上るものも。「じゃがいものガレット」もその一つ。フランスで人気の家庭料理で、材料はジャガイモ(メークイン)と塩、コショウ、無塩バター。あとはガレットの上にかけるソース用に、ブルーチーズと生クリームを使う。
スライサーで千切りにしたジャガイモを、塩、コショウで味付けし、フライパンでこんがりと焼き上げる。最後につぶしたブルーチーズと生クリームをまぜたソースをかけて出来上がり。

動画では調理の過程やポイントを過不足なく解説していく。その上で「千切りしたジャガイモを水に通さず、そのまま焼く」ポイントもしっかりと伝授。水に通さないのは、千切りしたジャガイモ同士をデンプンでくっつきやすくするためで、そうすれば卵や小麦粉などの「つなぎ」もいらない。手間がかからず、簡単でおいしい。プロならではのワザだ。
当初は料理を作り、それを試食するだけだったが、料理に合うお酒も一緒に紹介するスタイルに変えた。そうすれば視聴者の裾野が広がる。試食してみての感想や、一緒に楽しむワインなどについての三国シェフのコメントは時にキュートで、時に笑える。わかりやすい調理の方法や、料理のおいしさに加え、シェフの絶妙トークやしぐさもチャンネル登録者数の増加に一役買っている。
動画収録にかける食材費は1カ月平均で4万円前後。ワインもお手ごろ価格で店頭によく並んでいるものを中心にセレクトするよう心がけている、という。
このほど投稿された「炙(あぶ)りイワシのカルパッチョ仕立て」では、イワシを3枚におろした後、残った頭や骨をフライパンに入れ、油でよくいため、白ワインを加えて、最後にソースとしてかける手法を伝授。「普通は捨てちゃう具材だけれど、実はおいしいダシが出る」と三国シェフ。食材をムダにせず、上手に利用するかにもしっかりとこだわる。

動画投稿を続けるようになり「手応えも感じる」という。東京など10都府県では緊急事態宣言が延長されており、オテル・ドゥ・ミクニではランチタイムはさておき、ディナータイムでは時短営業を続け、午後8時には閉店している。
「来店客数はコロナ禍前と比べ、3分の1に減ったが、動画を見て初めて来店したという人がこのところめっきりと増え、新たな客層の開拓につながっている。先日は動画を見てくれた若い女性客から、ヘアクリップをプレゼントされた」とか。
今春36周年を迎えるオテル・ドゥ・ミクニ。これまで多くの人たちに親しまれる店作りを心がけてきたつもりだが、十分果たせていなかった面もある、と打ち明ける。だが、「動画投稿を通じて、親近感を持ってくれる人が増えたことで、長年克服できずにいた課題がクリアできた気がする」と三国シェフはいう。
長年、レストランを支えてくれた常連客への感謝の気持ちも込めて、無料での動画投稿を今後も続け、投稿動画の中身についてもバリエーションを加えていきたい、と意欲を見せる。
(堀威彦)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。