エチオピア岩窟、ギリシャ山の上 求道者が隠れた場所
謎に満ちた世界の秘密都市

秘境の宗教都市、旧ソ連の軍事都市、米軍の秘密基地、巨大な核シェルター、極北の地下倉庫……。書籍『ビジュアルストーリー 世界の秘密都市』(日経ナショナル ジオグラフィック刊)から、地図には載らない世界の秘密都市を美しい写真とともに紹介しよう。今回は、求道者たちが隠れ住んだ場所だ。
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人は社会的な動物だ。にもかかわらず、信仰心に突き動かされ修行に励もうとする者たちは、何千年という昔から、ただ真理を追究するために、一人で、あるいは他の修行者たちと共同で、日常の世界を離れて生きるという道を選んできた。
スケリッグ・マイケル島のハチの巣小屋
ゴツゴツとした岩の孤島に、石を積み上げただけの小屋。映画『スター・ウォーズ』のファンなら見覚えがあるのではないだろうか。主人公のルークが過去から逃れ、隠遁(いんとん)生活を送っていた島だ。
実際にはスケリッグ・マイケル島といい、石の小屋は修道士たちによって6世紀に建てられたとみられている。修道士たちがアイルランド南西沖に浮かぶこの島を選んだのは、神に近づくためだ。その頃すでに、アイルランドは、世界的に見てもかなりキリスト教化された地域だったが、修道士たちは世俗を忘れるため、さらに強い孤独を求めて岩だらけのこの島へとやってきた。
スコットランド西側にあるアイオナ島や、ノーサンブリア王国(7~10世紀)の沖合に浮かぶリンディスファーン島など、イギリスやアイルランド沿岸の島々を拠点にした修道士の共同体は多い。中でもスケリッグ・マイケル島の修道院は荒れる大西洋を見下ろす高さ約180メートルの崖の上にあり、ひときわ神がかった印象を受ける。自己を滅し禁欲的な生活を送るのにうってつけの環境だ。一度でも人が定住したことのある土地で、これほど人を寄せ付けようとしない場所もめずらしい。
修道士たちは崖の途中に営巣する海鳥のごとく、身を寄せ合って暮らしていた。小屋を6つ建て、小さなコミュニティーを作り、共同生活を送りながらも、救いを追求するために孤独であることを基本としていた。彼らの心の目はアウグスチヌスのいう『神の国』、つまり自己の内面へと向けられていた。
バヒタウィの暮らす岩穴
エチオピア北部のラリベラは、11の岩窟教会で有名な聖地だ。中には7世紀頃のものとみられる古い教会もある。堆積岩をくりぬくようにしてつくられ、見つけにくいよう、わざと風景に溶け込ませているようにもみえる。
エチオピアでキリスト教が始まったのは、「荒野の教父」たちの時代。荒野の教父とは、原始教会の制度やローマ帝国とのつながりを嫌い、エジプトの砂漠へと入っていった、聖アントニウスをはじめとする禁欲主義の隠遁者たちのことだ。エジプト北部のワディナトルーンは、そのような隠遁者たちが暮らした町の一つで、何十とあった修道院のうちのいくつかが今も残っている。
何千という人々が、聖アントニウスの説教を聞こうと砂漠へ入り、共に苦行生活をしていた。アレクサンドリアの司教アタナシウスの書いた『聖アントニウス伝』(4世紀)によれば、荒涼とした土地に隠遁者たちがあふれ、砂漠はまるで「都市のよう」だったという。
現代のエチオピアにも、志を同じくしたバヒタウィと呼ばれる隠遁者の集団がいる。洗礼者聖ヨハネを手本として、俗世とのつながりを断ち、荒野の教父たちの頃のような禁欲的な生活を送っている。ゲラルタ山の岩肌をくりぬいた住居はとても狭く、大人一人がやっと座れるほどのスペースしかない。教会は多少広く掘られ、いたるところに描かれた色彩豊かなフレスコ画に信仰の強さがうかがえる。

ギリシャ北部、山の上の修道院
ギリシャ正教では、救いを求めて山にこもる修道士も多かった。ギリシャ北部、テッサリア平原には奇岩群があり、その岩の上は、俗世間とのかかわりを断つのに理想的な場所だった。1000年以上たった今でも、修道士たちは同じ場所で祈りをささげている。
9世紀に、孤独を好む隠修士(いんしゅうし)たちが住み着いたのが始まりで、最盛期には24の修道院があった。メテオラ修道院群のメテオラというギリシャ語は、「中空に浮かぶこと」を意味している。石灰石の険しい崖の上に建てられた修道院は、現在でも活動しているものが6つあり、世界中から観光客が訪れている。
しかし、いまだに入場が厳しく制限されている修道院もある。ハルキディキ半島東端にあるアトス山の修道院自治州などがそうだ。この聖山では、15世紀初頭に女人禁制が敷かれ、のちに、男性に対する1日あたりの受け入れ人数も制限された。アトス山の修道院共同体はギリシャ国内で最も古く、治外法権も認められている。またEU法によっても、特別な法的地位を与えられている。
始まりは、1700年前の荒野の教父たちの時代に、隠修士たちがこの地に建てたスケーテと呼ばれる小さな僧院だった。最近の調査によれば、20の修道院に約2000人の修道士が共同生活を送っているという。中には海に突き出た小さな都市のような大規模な修道院もある。
次ページでも、山の修道院をはじめ、求道者たちが隠れ住んだ秘密の場所を写真で紹介しよう。




(文 編集部、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2020年12月5日付の記事を再構成]
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