コロナに社会の分断…写真家が伝えた過酷な2020年

新型ウイルスの猛威、都市封鎖下での暮らし、抗議運動の広がり――2020年の写真には、混乱の時代に生きる人々の姿がある。ナショナル ジオグラフィック1月号では、活動が制限されながらも、忘れられない1年となった20年を記録した写真家たちと、その作品を紹介している。
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晴れやかな光景だ。そして、ただ1点を除けば、見慣れた光景でもある。
ウエディング衣装をまとった若いカップルが教会で婚姻の手続きを終えようとしている。台帳に署名する花婿にそっと寄り添う花嫁。身内のおじさんのように温かくそれを見守る司祭。台の上に置かれた金属製の十字架と壁の木製の十字架が、この場を神聖なものにしている。だが、目を引くのは別の何かだ。花婿と花嫁は衣装に合わせた布製のマスクをし、司祭もマスクをしたうえで、透明なフェースシールド付きのバイザーを着けている。
イタリア北部ロンバルディア州のバルザノという町で、写真家のダビデ・ベルトゥッチョ氏が撮影したこの写真。少し前なら、誰もが首をかしげたことだろう。だが今ではひと目でわかる。これは「新しい生活様式」の一例だ。コロナ禍のさなかでの結婚式。この場面が物語るように、新型コロナウイルスが猛威を振るうなかで、人々は何とか日常を取り戻そうと、妥協や工夫を重ねてきた。
呼吸器疾患を引き起こす感染性の高い新型ウイルスが世界中に広がり、国境が閉鎖され、経済が縮小し、人々の生活が一変した20年。その混乱ぶりは1枚の写真にはとても収まりきらない。それでも、感染拡大で大きな打撃を受けた地域で、公衆衛生上の新たなルールを守って挙式したこの新婚カップルの写真は、異常な時代に平常な生活を取り戻そうとする人々の必死の思いを伝えている。
振り返れば過酷な1年だった。歴史の一幕が終わりを迎えつつあるようにも感じられた。死、生存者への長引く影響、病院と医療従事者にかかる重圧。こうした人的な犠牲に加え、経済的打撃も深刻さを極めた。豊かな国でも失業者が増え、比較的貧しい国々では元からあった困窮がさらに悪化した。
米国では、連邦政府のお粗末な対応も手伝い、感染が爆発的に広がった。社会を分断する深い亀裂、深刻な経済格差、政治的な対立の激化がそれに拍車をかけた。世界のリーダーたる超大国が同盟関係や国際社会における責務に背を向け始めると、「米国の世紀」の終わりが近いことを予感させた。そんな状況下で、またもや痛ましい事件が繰り返された。黒人男性のジョージ・フロイドが警察官に殺されたのだ。この事件をきっかけに人々の怒りは沸点に達した。「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切だ)」の叫びが人々を突き動かし、この夏、抗議のうねりが全米に広がった。
写真家はただ記録するだけでなく、もっと込み入った要請に応えなければならなかった。20年には人々の行動範囲が制限されたため、写真が切実に求められた。都市封鎖や人との距離の確保、感染への恐怖が、社会的な交流の形を変えたからだ。職場の会議から文化系のイベントまで、あらゆるものがデジタル形式に変わり、生活のかなりの部分が画面上に移行した。人々が突然、孤立状態に陥ると、ネット上の写真の流れが生活に欠かせないライフラインとなった。
こうした状況下で写真を撮影し、共有するには、技術だけでなく、体に気をつけることも求められた。歴史的な出来事を記録する使命に駆り立てられていても、まずは自分の体を守らなければならない。ジャーナリストであっても、ほかの人々と同じように行動を制限され、動き回れば感染のリスクがあったからだ。
さらに、カメラを向ける相手への倫理的な配慮も求められた。コロナ禍のさなかでは誰も安全ではなく、誰もが不安を抱えている。それでも冒頭の新婚カップルのように、誰もが前に進む方法を模索している。それを理解したうえで、撮影に臨まなければならない。
大量の写真が世の中にあふれるこの時代、後世の歴史家のために資料を収集するには恵まれた環境が整い、豊富な記録が残され、数々のストーリーが伝えられるだろう。2020年が終わっても、ウイルスは姿を消したわけではない。人間社会に定着し、あらゆる国、あらゆる都市の歴史の一部となる。
私たちは先が見えないこの時代をどう生きればいいのか。20年は予定が次々に中止になり、制限だらけの暮らしへの適応を迫られた年だった。マスクを着用し、親きょうだいともオンラインでつながり、新学期の始まりを控えて、新型コロナに対応する授業形式が大急ぎで準備されるなか、親たちは子どもを学校に送り出すべきか否かの決断を迫られた。人との距離の確保が求められる時代に、人々はどんな家庭生活を送ったのか。この分野の写真も状況の変化を伝えている。
問題の根源を探っていくと、「信頼」という言葉に突き当たる。新型コロナウイルスは無症状の人からも感染する。誰からうつるかわからないし、自分も誰かにうつしているかもしれない。そうなると、誰とも安心して付き合えなくなる。
20年の出来事や人々の暮らしを、レンズを通して見つめるのは困難な仕事だった。倫理的にも、移動の自由や物資面でも、感情的にも。だが目をそらすわけにはいかなかった。なぜなら、私たちには記録する責務があるのだから。それに、見ること、解釈すること、理解しようと努めることは、人間の営みだからでもある。
いつか気づくかもしれない。20年は私たちに「見ること」を教えてくれた、と。

(文 シッダールタ・ミッター、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2021年1月号の記事を再構成]
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