赤崎先生と「没頭の時間」こそが宝 師弟でノーベル賞
ノーベル物理学賞 天野浩さん(下)

名古屋大学教授の天野浩(あまの・ひろし)さん(60)をノーベル物理学賞の受賞理由である青色発光ダイオード(LED)開発に導いた師は、共同受賞者のひとりである赤崎勇博士(91)だ。天野教授へのインタビュー後編は、快挙を生んだ師弟関係や、今後の理科教育のあり方などについて聞く。(前編は「自分で考え、やってみる ノーベル賞の土台は『経験』」)
研究費に惑わされるな
――赤崎先生はご自身にとってどんな存在ですか。
「めちゃくちゃ大きな存在です。青色LEDをテーマとして示してくださいましたし、まだ博士号がない私を助手にして、研究を続けさせてくれたのも先生でした。赤崎先生がいなかったら、今の自分はないですね。(研究を続けられなかったら)不満だらけのサラリーマンになっていたかもしれません」

――赤崎先生は「一度決めたテーマは変えてはいけない」と話していたそうですが、どう感じていましたか。
「これをやると決めたら、研究費には惑わされるな、そういうメッセージですね。赤崎先生は決して研究費に恵まれた方ではなかったんです。補助金が多くつきそうな研究テーマが出てくると、ぱっとそっちにテーマを移す人も割と多いのですが、先生は自分がこれだと思ったら、やり続けるんですよ」
――弟子によく助言する先生ですか。
「研究のことは、ほとんど何も言わないんです。でもずっと見てくださっていた。そして私たちが研究発表すると喜んでくれる、そういう感じでした。(青色LEDの材料となる)窒化ガリウム(GaN)のきれいな結晶をつくるまでには、すごく時間がかかったのですが、先生も同じ苦労をされてきたので、わかっていたんですね」
「それでも、先生が私に『君のつくる結晶はいつもすりガラスみたいだね』と言われたのは、よく覚えています。要は汚い結晶ということですが、どこかユーモラスな表現でした」
――将来のノーベル賞につながるGaNの良質な結晶ができたときは、褒められたのでは。
「一番最初に言われたのは『きちんと評価しなさい』でした。見た目がきれいなだけじゃダメだからと。大阪府立大学にあったX線回析装置で確かな結果が出ると、今度は『すぐに論文を書きなさい』でした」
――児童・生徒の「師」である小中高の理科教諭にアドバイスはありますか。
「理科は多くの単元がありますが、この範囲までは学ばないといけないと、子どもにプレッシャーをかける必要は、あまりないと思うんですよね。1つのテーマだけでも、生徒が自分で考えて『これならわかった』と理解できたら、ほかにも応用が効くようになる気がします。一人ひとりの生徒にあったテーマを通し、『わかる』とはどういうことか気づきを与えられたら、自分で勉強できるようになる。そんなふうに生徒が前を向くようにしてくれたら、と。私にとって数学がそうだったように、自分で考えて解けることが楽しいことなので」
――子育てを経験されています。何か教育方針はありましたか。
「もう大学を出て社会人になっている娘と息子の2人がいますが、自分の考えを押しつけないようにとは思って育てました。私の親がそうだったので。勉強しなさいとも言わなかったし、教えたこともないです。息子のほうは学校から出る宿題をよくサボったのですが、それだけは妻が厳しく叱っていました」
「私は休日に遊びに出かけるといった役割で、一緒によく体を動かしましたよ。釣り堀や公園など、いろいろなところに行きましたが、私は子どもを楽しませるよりも、自分が楽しんじゃう。たぶん子どもより自分の方が楽しかったですね」
ビジネスのわかる工学の人間を

――大学教育については、どんなことを考えていますか。
「ビジネスのわかる工学の人間を育てていかなければいけないと思っています。青色LEDの研究に入る前の学部生のころ、ビル・ゲイツさんやスティーブ・ジョブズさんのような起業家に憧れたことがありました。そのときの思いもあって(高度な「知のプロフェッショナル」育成をめざした日本学術振興会の)『卓越大学院プログラム』に参加しています。日本の工学教育は、専門に細分化しすぎていて、ビジネスのことをまったく教えてこなかった。これは大失敗だったと思うんですよね」
――若い研究者に伝えたいことは。
「われわれのような年寄りの話はあんまり聞かずに、自分の感性を信じて突き進んでくださいということですね。だれかの意見を聞いてもいいんですけど、それが判断のすべてになってはいけない」
「サイエンティストって、まさにアスリートなんですよ。プロ野球選手より(活躍できる)寿命が短いとどこかで書いたことがありますが、たぶん半数以上の研究者が、35歳くらいまでに成果を出さないとダメだと思っているんじゃないかな」
――それでも、あえてこれだけは忘れないでほしいということはありませんか。
「努力は怠るな、でしょうね。常に必死で立ち向かえと。そして没頭する時間をすごく大切にしてほしい。やっぱり没頭している人間には勝てないと思うんですよ。私も若いころに没頭できたから、今でも何とかやっていけている。ノーベル賞によって得られた楽しい時間もありますが、研究者としての自分を振り返ったときには、没頭した時間が一番大事ですね」

(聞き手 天野豊文、撮影 上間孝司)
1960年、静岡県浜松市生まれ。83年名古屋大学工学部卒。88年に同大院工学研究科博士課程単位取得満期退学。同大助手の89年に博士号(工学)取得。名城大教授などを経て2010年から名古屋大教授。14年、青色LED発明の功績で、赤崎勇、中村修二両博士と共にノーベル物理学賞を受賞。同年、文化勲章。現在は名古屋大の未来エレクトロニクス集積研究センター長も務める。著書に「次世代半導体素材GaNの挑戦」(講談社)など。
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