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またノーガード戦法?スウェーデン医師に聞く最新状況

スウェーデンでは10月末ごろから感染者数は急増=ロイター
日経ビジネス電子版

スウェーデンの新型コロナウイルス対策が、世界の耳目を集めている。春の第1波で多くの感染者と死者を出したものの、他の欧州諸国のようにロックダウン(都市封鎖)など厳しい規制を導入しなかったためだ。

夏から欧州で感染の再拡大が始まり、各国が第2波に苦しむ中で、10月頃までスウェーデンでは感染者がそれほど増えなかった。一時は、第1波で感染者が多かったために集団免疫を獲得したのではないか、との見方もあった。ところが、11月から感染者が再び急増し、1日当たりの感染者数は多い日で7000人に達している。スウェーデン政府は24日から9人以上の集会を禁止するなど規制を強化したが、それでもロックダウンの導入は否定している。

厳しい規制を導入しないことに対しては、スウェーデン国内の専門家からも反対の声が上がっている。スウェーデンではコロナ対策に批判的な科学者の団体が結成され、公衆衛生庁に国民へのマスク着用を義務付ける提言などをしている。国外でも関心が高く、「ノーガード戦法で高齢者を犠牲にしているのではないか」という批判の声もある。

では実際に医療現場はどのような状況で、現場の医師はどのように考えているのだろうか。スウェーデンのカロリンスカ大学病院に勤める宮川絢子医師に最新状況を聞いた。

――スウェーデンは11月から感染者が急増しています。最新の状況を教えてください。

「入院患者がどんどん増えているので、11月20日から病院全体が通常診療を縮小し、コロナ診療に切り替えています。私が勤務する病棟のベッドは全てコロナ患者専用になりました。少し前に比べると病院の状況が大きく変わっています。私は呼吸器や感染症が専門ではないのですが、コロナ患者の診療に回っています」

――新型コロナ患者の症状や病院の診療など、春の第1波との違いはありますか。

「まず、春は検査能力が限られていたので、検査能力が拡充した今とは、感染者数の比較は単純にはできないと思います。感染者が増えているのは、欧州全体に第2波が来ているのと、寒くなったことも影響しているのではないでしょうか」

「春の第1波でも病院は通常診療を縮小し、コロナ診療を拡大していきました。コロナ患者を多く診察している同僚医師は、春よりも軽症で入院する患者が多いので対応がしやすいと言っています。実際、全体の入院患者からすると集中治療室(ICU)に入る患者の割合は低くなっています」

宮川絢子(みやかわ ・あやこ)医師 スウェーデン・カロリンスカ大学病院泌尿器外科医。1989年、慶応義塾大学医学部卒業。カロリンスカ研究所と英ケンブリッジ大学で博士研究員、慶応義塾大学や琉球大学、東京医科大学などでの勤務を経て、2008年より現職。開腹手術とロボット支援による内視鏡的手術で多数の実績がある

――第2波においてスウェーデンで1日当たりの新規感染者が7000人を超える日があり、第1波のピーク時の約4倍の感染者になっていますが、1日当たりの死者数は多い日でも約40人で、第1波の半分以下の水準です。医療現場において改善していることはありますか。

「第1波の経験で知見を積んできました。例えば、スウェーデンの人々は日本人に比べて血栓の発症率が高いので、早い段階で血栓を防ぐ薬を使い始めています。ICUでも患者さんの体位を変えるだけでかなりの改善が見られることが分かったので、春に比べると人工呼吸器をつけるタイミングを遅らせることができています。医師や看護師がビデオでの講習会や書類を通じて、情報の共有を図っています」

――スウェーデンはこれまでも大規模な集会の禁止や、介護施設への訪問を控えるなどの対策をしてきましたが、感染拡大を受け11月24日からジムや図書館に行かないように呼びかけ、9人以上の集会を禁止しました。

「日本などから『スウェーデンはノーガード戦法で高齢者を見殺しにしている』と批判されることがありますが、それは誤解です。これまでスウェーデン公衆衛生庁は国民に対し、推奨という形で様々な新型コロナ対策を呼びかけていました。第2波でも推奨が多いのですが、11月からバーやレストランでのアルコールの販売を午後10時以降は禁止するなど規制が増えています」

「確かに第1波では介護施設において多くの高齢者が亡くなってしまいましたが、それには雇用など介護システムが抱える問題が絡んでおり、ロックダウンとはあまり関係がないことでした。その後は、介護施設でも様々な対策が取られています」

なぜスウェーデンはマスク着用の義務を課さないのか

――ただ、スウェーデン公衆衛生庁はマスク着用を奨励していません。欧州諸国でマスク着用の義務化が広がる中、その独自路線は際立っています。

「公衆衛生庁はその理由について、『マスクをすることで慢心し、ソーシャルディスタンスを取らなくなっては本末転倒だ。マスク着用によりどの程度の感染が防げるかは明らかではない。マスクを正しく使うために1日に数回の交換が必要で、貧困層には大きな出費であり不平等が発生する』と説明しています」

「私は正しいマスクを、正しい方法で使用すれば効果はあると考えています。しかし、多くの人がそれを一律に順守することは難しく、マスク着用が有効か否かについて様々なエビデンスがあります。その状況では政府が国民にマスク着用を『強制』することは不適当で、マスクを着用したい人が使用するというように、国民の自由意志を尊重した方がいいと思います」

「病院では、11月から患者さんの診察時にはマスクやフェイスシールドの着用を義務付けましたが、それまでは使用していませんでした。医療現場、介護現場などは街中と全く状況が異なるので、必要な場面でマスクを使用することが望ましいと思います」

クリスマスパーティーをするために感染を望む人も

――11月下旬から規制を強めているのは、春より感染の状況が深刻だからでしょうか。

「感染の状況が深刻というより、国民の意識が緩んでいるからだと思います。特に若者たちを中心に、かなり意識が緩んでいるように見受けられます。スウェーデン中部ウプサラの大学生たちの間でクラスターが発生し、そこから感染が広がったと言われています」

「クリスマスにパーティーをするため、その前に感染しておきたいと思っている人もいるようです。こうした状況にあるため、政府は春より厳しい規制を導入しないと、引き締められないと考えているのではないでしょうか。11月中旬にロベーン首相が厳しいメッセージを発したのも、そうした意図があるのだと思います」

――それでもロックダウンをしないと明言しているのは、なぜでしょうか。

「スウェーデン公衆衛生庁はロックダウンはやらないと言い続けています。その理由は、『有効であるというエビデンスがない』『長く続けられない』『憲法の縛りで実行できない』という3本柱です」

――宮川さんはロックダウンの導入について、どのように考えていますか。

「スウェーデンも早い時点で2週間など超短期のロックダウンを導入するのは意義があったと思います。長期のロックダウンは弊害が多く、賛成できません。実際のロックダウンを経験していないので厳密には分かりませんが、欧州諸国の状況を見ると許可証がないと外出できないストレスは相当大きく、経済面のダメージも大きくなると思います」

――特に冬のロックダウンは精神的につらいですよね。

「春の第1波のときは日照時間が徐々に長くなり、明るくなる希望があったのですが、今は毎日暗くなって寒いので、メンタルヘルスの問題は深刻です。寒いのはまだいいのですが、暗いのがメンタルにはきついですね。ロックダウンをしていなくても、スウェーデンでは毎年クリスマス前後に自殺する人が増えてしまいます。スウェーデンではロックダウンしなくてよかったと言っている人が多いです」

11月下旬に1日当たりの新規感染者が7000人を超える日があり、第1波のピーク時の約4倍の感染者数になっている 出所:スウェーデン公衆衛生庁
第2波において1日当たりの死者数は多い日でも約40人で、第1波の半分以下の水準だ 出所:スウェーデン公衆衛生庁

――今後、重症者や死者が増えた場合は、規制強化の可能性はあると思いますか。

「それはあると思います。春は政治家がほとんど表に出てきませんでしたが、最近は大臣クラスが前面に出てきているので、政治判断で厳しい規制を導入するかもしれません」

――スウェーデンでは公衆衛生庁がコロナ対策を決めてきました。意思決定の仕組みが変わってきているのでしょうか。

「最近、大衆紙が政治家と専門家グループの間にあつれきが出ていると書き立てていますが、私にはそうは見えません。もともと法律で、公衆衛生庁は政治の影響を受けないと明記されています。ここにきて政治家の発言が増えているのはより国民に強くメッセージを伝えたいからであり、伝えたいメッセージは公衆衛生庁と同じだと思います」

――集団免疫の獲得に関しては様々な見方があります。

「私も一瞬、集団免疫が獲得された可能性があると思いました。しかし、これだけ再拡大が起きていますし、ストックホルム市の調査でも抗体が3~4カ月で消失する人が一定数いるという結果が出ているので、集団免疫は獲得できていないのでしょう。スウェーデン公衆衛生庁は、集団免疫を獲得することが政策の主目的ではなく、あくまで副産物だと捉えています」

「ただ、死者数もそれほど増えておらず、一般の人たちはコロナに慣れてしまっているので、緊張感はあまり高くありません。コロナ患者の急増を目の当たりにしている医療従事者の我々とは感覚が違うので、一般の人には注意を促していきたいと思います」

◇   ◇   ◇

宮川医師は医療現場の状況を踏まえた上で、スウェーデンが厳しい規制を導入しない理由を説明した。厳しい規制を導入することによる弊害を挙げる中で印象的だったのは、学校についてだ。

大人に比べて小学生以下の子供の間では感染拡大が起きづらいといわれている上、休校で子供たちを家に閉じ込めることは弊害も大きい。また、子供を持つ医師や看護師などが子供の世話で出勤が難しくなり、医療現場の人員不足により医療崩壊につながる危険性が高まる。実際、宮川医師の子供たちは小学校に通っており、休校になると勤務に影響が出かねないという。

ロックダウンのような厳しい規制は劇薬であるため、多面的に功罪を考える必要がある。

(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)

[日経ビジネス電子版2020年12月2日の記事を再構成]

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