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一本のメールがつないだ縁 観光振興でトレラン大会

7年ほど前、石川県のある町から、地元の山を使った観光振興のためトレイルランニング大会を実施したい旨の依頼をいただいた。この時すでに40代半ばで年齢的にも、競技者として世界レベルの大会で結果を出せるラストチャンスにさしかかっており、時間的な余裕もなかった。開催希望地はもともと競技人口の少ない北陸地方で、決して著名な山でもない。はたして人が来るのか、など不安要素だらけだった。

中能登トレジャートレイルランは楽しさの演出にこだわった(右から2人目が筆者)

その後、担当の方がわざわざ上京し、行政として地域のシンボルである山を全国に広めたいと熱弁をふるった。迷いに迷っていると、同席した妻が「熱意にこたえてあげたら」という。まずは現地を訪れてみることにした。雪国特有のみずみずしい美しい森は素晴らしいけれど、当初の山域のみだとレースをするには厳しく思え、地元の熱心なランニング愛好家に教わって競技エリアを広げてみた。すると地元の人々も知らなかった素晴らしい山道に出合えた。

それでもまだ全国的な大会としては何かが足りないように思え、大会全体のコンセプトを工夫することにした。当時のトレイルランニングの大会といえば厳しさを売りにするものが多かった。そこであえて楽しく、ラフな雰囲気の大会になるよう演出にこだわった。地元の人々の努力が功を奏し、今では全国からたくさんのランナーが集う人気大会の一つに成長した。

コロナ禍で今年は早々に多くの大会が中止を決定する状況に追い込まれている。この大会は最後まで開催できる余地がないかどうか、試行錯誤してくれた。それが本当にうれしかった。すべては町長の「参加者をがっかりさせたくない」との熱意からだったといい、結局、大会の規模を20分の1に縮小して開催にこぎつけたのだった。

当地では、町長と夕食をご一緒させていただく機会がある。コロナ禍で高齢の町長に万が一こちらが無症状で感染させてしまったらと思い、少しちゅうちょしたものの、当日は感染予防に気づかいながら楽しく充実したひと時を過ごせた。町長の子供の頃の苦労話や町の近況、町長としてのやりがいを聞き、おおらかな人柄と笑顔、そして心から来客をもてなしたいとの真心に触れた。この半年間、地方へ行くと東京に住んでいるというだけで肩身の狭い思いをしてきただけに、こみあげるものがあった。

大会を機に始まった地元のランナーとの交流も大きな楽しみのひとつ。みなさん、それぞれコロナによって大きく変わってしまった環境を憂いつつ、今を前向きに過ごしているようで私もとても良い刺激を受けた。素朴で温かみのある人情に触れると、日常のストレスを忘れ本来の自分に戻れるような気がする。もともと縁もゆかりもない土地なのだけれど、今では心からの愛着を感じる。

全ては一本のメールから始まった縁。コロナ禍で人とつながる出会いの機会がどんどん失われていく傾向にあるけれど、人生を左右する重要な出来事は得てしてこのような偶然から始まるもの。人生の不思議さをしみじみと感じる。

(プロトレイルランナー)

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