氷原から6000年分の矢 「氷のタイムマシン」は本当か

ノルウェーの考古学チームが、同国の高山に広がる約24ヘクタールの氷原(アイスパッチ)で、氷から解け出てきた矢を何十本も発見した。なかには6000年前の矢もあった。
珍しい高温となった2014年と2016年の夏にラングフォンネ氷原で行われた遠征調査では、トナカイの骨と角も大量に発見された。猟師たちが何千年もの間、この氷原を利用していたことが示唆される。その間、彼らが使う矢じりの素材は石や淡水貝から鉄へと進化したが、その狩猟技術は変わらなかった。
研究チームは2020年11月25日付で学術誌「Holocene」に論文を発表し、この発見について明らかにした。融解しつつある氷原とその周辺からは、完全な矢と矢の一部が68本(および矢じりが5個)発見された。考古学者が氷の中から発見した矢の本数としては世界一多い。最も古い矢は新石器時代のもので、最も「新しい」矢は14世紀のものだった。
見つかった矢の多さには驚かされるが、今回の発見は、氷原考古学という比較的新しい研究分野で広く受け入れられてきた考え方を覆すものでもあった。

氷の「タイムマシン」理論
融解しつつある氷原で体系的な考古学調査が始まったのは、今から15年前のこと。それ以来、ノルウェーや北米の氷原からは、大昔の遺物がほぼ完璧な保存状態で見つかっている。こうした遺物の1つ1つに、道具づくりの技術や狩猟の習慣に関する情報が含まれている。
ラングフォンネは、最も早くから注目された氷原の一つだ。きっかけは、2006年の夏に地元のハイカーが、氷原の端で3300年前の革靴を発見し、考古学者のラース・ピロ氏に情報を提供したことだった。氏は現在、インラント県文化遺産課に所属しており、今回の論文の共著者でもある。

ピロ氏はこのとき、山の氷原に遺物が保存されている可能性があることに気づいた。またそれ以来、ノルウェーをはじめ各国の研究者たちは(北米のユーコンやロッキー山脈、ヨーロッパのアルプスなどにも似たような氷原がある)、氷の上や周辺にある遺物の分布を調べることで、氷原がいつ、どのように利用されたのか、あるいは氷がどのように成長していったのかがわかるのではないかと考えてきた。
ゆっくりと流れる氷河とは異なり、氷原(アイスパッチ)は長い間に拡大・縮小することはあるが、移動はしない。そのため研究者たちは、ラングフォンネ氷原のようなアイスパッチで気温が上昇してくると、内部に閉じ込められていた遺物が、新しいものから順に解け出てくるのだろうと思っていた。
「要するに、氷はタイムマシンのようなもので、氷の上に置かれたものはすべてその場にとどまり、保存されるのだろうと考えたのです」とピロ氏は言う。
土に埋もれた遺物を発掘する場合、深い地層ほど古い遺物があると想定されるのと同じように、アイスパッチの場合も、最深部から見つかる遺物が最も古いはずと考えられた。もしアイスパッチに置かれた遺物がその場で凍ったまま動かないのなら、これらの遺物を利用して、先史時代の人々がそこで何をしていたのか、アイスパッチが特定の時期にどのくらいの大きさだったのか、どのくらいの速さで拡大・縮小していたのかを推定するのに役立つかもしれない。


発見場所と年代が対応しない
ラングフォンネ氷原で見つかった矢は、この「タイムマシン理論」の検証にうってつけのように思われた。
この氷原がトナカイの好猟場だったからだ。実際、矢とともにトナカイの骨も多く見つかっている。寒さを好むトナカイが、夏の間に虫を避けるために氷原に移動すると、人々は弓矢や狩猟用ナイフを持って後を追いかけたのだ。
研究者たちは、すべての矢について放射性炭素年代測定を行い、氷の上で見つけたトナカイの骨の年代も調べた。すると、少なくともラングフォンネ氷原ではタイムマシン理論が当てにならないことに気づいた。
事前の想定では、最古の遺物は氷の上に落ちた日の状態のまま、その場所に閉じ込められ、保存されているはずだった。しかし、実際に見つかった最も古い新石器時代の遺物は、断片化し、激しく風化していた。あたかも氷によってかき混ぜられたか、長年にわたって太陽と風にさらされてきたかのようだった。
一方、より新しい時代の矢は、まるで昨日射られたばかりのように見えた。例えば80キロメートル以上離れた川で採れた貝殻を、鋭く研いで矢じりにした1500年前の矢などだ。古い遺物を露出させ、再凍結するような「何かが氷の中で起きたのではないかと思いました」とピロ氏は言う。
時間の経過とともに氷が完全な層をなして堆積していったのなら、矢は年代順に現れると予想されるが、実際にはそうではなかった。製作年代が何千年も隔たった矢が、氷の縁に沿って、互いにそう遠くないところで見つかることもあった。
「アイスパッチが最も小さいときに見つかる遺物が最も古いはずだという予想は外れました」と米モンタナ州立公園の考古学者レイチェル・レキン氏は話す。なお氏は今回の研究には関わっていない。「重力と水が、遺物をかなり下まで移動させていたようです」
論文共著者であるノルウェー、ベルゲン大学の氷河学者アトレ・ネシェ氏はこう考える。おそらく何千年も前に暖かい夏が続いたとき、氷が解けて古い遺物が出てきて、解けた水に流されてアイスパッチの端まで運ばれ、そこで再び凍ったのだろう。一方、より最近になって雪の中に落ちた矢は、その場にとどまっていたのかもしれない。
古い矢は、解けた水に流されてから再凍結している可能性があるため、発見された場所はもともとあった場所からかなり離れている可能性がある。そうなると、矢の年代測定の結果を利用して過去のアイスパッチの大きさを地図化する試みは行き詰まってしまう。「氷河学者や氷原考古学者は、遺物がアイスパッチの大きさの推移を教えてくれることを期待していましたが、そうではありませんでした」とレキン氏は言う。
人間の活動の移り変わり
うれしいサプライズもあった。矢の年代測定の結果から、人々がラングフォンネ氷原をどのように利用していたのかの解明に役立つ手がかりが得られたのだ。例えば、トナカイの骨はたくさん見つかったが、矢はほとんど見つからなかった時期があった。このことは、人々が氷原で狩りをしていなかったことを示唆する。この時代のトナカイはおそらく、クズリ(イタチ科の肉食獣)によって殺され、後で食べるために雪の中に埋められたのだろう。
放射性炭素年代測定の結果から、バイキングが活躍した頃の600~1300年には、それまでとは違った活動が行われていたことも明らかになった。「矢はたくさん見つかったのですが、トナカイの骨などはほとんど見つからなかったのです」とピロ氏は言う。「これは偶然ではありません」。この時代の人々は、殺したトナカイを氷の中から取り出して毛皮や角を集め、交易品として売っていたのだ。
氷と、その中にある秘密に対する理解は進んでいるが、それと同じくらい急速に氷が消えていっている。「私は過去40年間ノルウェーの氷河を研究してきましたが、昔と今では全然違います」とネシェ氏は語る。「アイスパッチが日々、急速に解けてゆくのを見るのは非常に恐ろしいことです」
ネシェ氏は、アイスパッチの周辺の岩に生えている地衣類の成長から、現在のラングフォンネ氷原の広さは1990年代後半に比べて半分に、中世の小氷期(1300年ごろから1800年代にかけて地球が寒冷化した時代)に比べて10分の1になったと推定している。
氷は今もどんどん解けている。考古学者たちは、できるだけ多くの情報を保存しながら、迅速に行動しなければならない。「時間は非常に貴重です。私たちは良心的な科学者として、今あるデータを最大限に活用しなければなりません」とレキン氏は言う。「この複雑なプロセスの理解に役立つパズルのピースは、どんなものでも本当に役に立つのです」
(文 ANDREW CURRY、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2020年11月28日付]
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