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黒焦げ遺品「直視を」 笹子遺族、中日本高速に展示へ

真っ黒に焼け焦げた、携帯電話とiPad。2012年12月の中央自動車道笹子トンネル(山梨県)の天井板崩落事故で、亡くなった小林洋平さん(当時27)の遺品だ。両親は最期の瞬間まで息子のそばにあった貴重な遺品を、中日本高速道路に預けることを決めた。「事故を直視し、犠牲者の苦しみを想像してほしい」との思いからだ。

 小林洋平さんの遺影の前で、真っ黒に焼け焦げた遺品の携帯電話を持つ母、悦子さん(11月19日、群馬県高崎市)=共同

「洋平から、電話がかかってこないかな」。群馬県高崎市の自宅で、母の悦子さん(71)は携帯電話を見つめる。損傷が激しく、触れるたびに焦げた破片がボロボロと崩れるため、透明の袋に入れて保管している。「写真も好きで、行く先々で撮っては、友達に送ったはず。思い出が詰まっている」

次男の洋平さんは福島県の大学を卒業後、東京都内の会社に就職。事故の約1年半前に移り住んだ千代田区のシェアハウスでは、地域の清掃やお祭りを手伝い、町内会活動にも積極的に参加した。「告別式には、友人や知人が500人も来てくれた。人付き合いを大切にする息子だった」と、悦子さんは振り返る。

事故では中日本高速の当時の社長らが、業務上過失致死傷容疑で書類送検されたものの、全員が不起訴。捜査は今年4月に終結した。父の寿男さん(73)は「誰ひとり起訴されず、どんな捜査をしたのかも分からない。遺族は事故が起きた理由を知りたいと思い続けている」と不満を隠さない。

洋平さんの携帯電話とiPad、シェアハウスの仲間と乗り込み、天井板の下敷きになったワゴン車。これらは中日本高速が、事故現場を管轄する八王子支社に再整備する研修施設「安全啓発館」に展示される予定だ。

12月2日で事故から8年。「高熱で焼かれたためか、遺骨も少なく、残ったのはわずかな所持品だけ。そばに置いておきたい気持ちもある」と悦子さん。「洋平がどれだけ熱くて、痛くて、苦しい思いをしたのか。会社のトップが想像できなければ、同じ事故がまた起きてしまう」と訴えた。〔共同〕

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