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スパコン「富岳」、飛沫シミュレーションの威力と限界

日経ビジネス電子版

百聞は一見にしかずの言葉通り、目で見せられるとなるほど非常に分かりやすい。理化学研究所が開発主体となって開発・整備を進めている世界最高レベルのスーパーコンピューター「富岳」を使った新型コロナウイルスの飛沫感染のシミュレーションの結果だ。

理研は2021年度からの供用開始を目指して整備中の富岳について、社会課題である新型コロナウイルス対策にいち早く貢献する観点で、この4月から幾つかの研究テーマに提供を開始してきた。新型コロナウイルスの治療薬の研究や、遺伝的に重症化しやすい人を予測する研究などがその対象だが、そのテーマの1つである室内環境におけるウイルス飛沫シミュレーションに関する記者勉強会が11月26日に開催された。研究の代表者を務める理化学研究所計算科学研究センターのチームリーダーで、神戸大学大学院システム情報学研究科教授の坪倉誠氏が説明を行った。

タクシーや電車、航空機などの内部で飛沫がどのように広がっていくのかをスパコンでシミュレーションした模様は、テレビなどでも報じられているのでご覧になった方もいるだろう。会話をしたときや歌を歌っているとき、咳(せき)をしたとき、マスクを着用したときなどの実測に基づいて、さまざまな場面を想定したシミュレーションが行われた。乗り物内の他、カラオケボックス内や飲食店、屋外でのバーベキューシーンなどでも、それぞれ飛沫がどのように飛散するかをシミュレーションしている。

坪倉氏が指摘したポイントの1つは、「落ちる飛沫と漂うエアロゾルの2つに対策をしなければならない」ということだ。写真は咳をしたときの飛沫の様子だ。飛沫は直径1マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルから1ミリ程度の間に分布し、10マイクロメートルがピークとなる。写真のシミュレーションでは、飛沫は直径に応じて5マイクロメートル程度までが青から水色、それ以上大きくなるにつれて、緑から黄色、赤で表現されている。

咳をした直後は大きな飛沫が飛んでいる(提供:理化学研究所・豊橋技術科学大学・神戸大学、協力:京都工芸繊維大学・大阪大学)
エアロゾルは20秒たっても空中に漂う(提供:理化学研究所・豊橋技術科学大学・神戸大学、協力:京都工芸繊維大学・大阪大学)

2枚の写真を見比べていただければ分かるように、咳をした直後は大きな飛沫が1メートル程度の範囲で飛ぶが、数秒で下に落ち、一方で青いエアロゾルは20秒たっても空中に漂っている。会話や歌、咳で飛沫のサイズに変化はないが、量には影響し、3分間会話を続けると咳1回と同じ3万個ぐらいの飛沫・エアロゾルが生じ、歌だと1分間で咳1回分が飛散するのだという。

シチュエーションごとのシミュレーションで、坪倉氏が意外だったと挙げたのは、タクシー内で窓を5センチ程度開けても換気の上乗せ効果がほとんどなかったことだ。逆に、外気を取り込む設定でエアコンをつけておけば、風量を大きくしなくても換気ができるという。「無理に窓を開けなくても、窓を閉めてエアコンを作動しておけば、十分な換気が達成できることが分かった。対角線状に窓を開けても、風が吹き抜けるわけではなく、ドアの近くの空気しか入れ替わっていない」と坪倉氏は説明した。

また、野外でバーベキューを行うことを想定したシミュレーションでは、近い距離にいると飛沫を浴び、風速や風の方向によってはリスクが高まる可能性があることを示した。そのうえで「野外だと安全と考えるのは危険。無風や微風では方向によってはリスクが高まることも理解すべきだ。野外活動でもマスク着用で飛沫を減らす効果は高いし、マウスガードでもマスクに比べると小さいけれど効果は期待できる」(坪倉氏)などと語った。

マスクと換気の兼ね合い

ただし、いくら世界最高レベルの性能を持つスパコンを利用したといっても限界はある。1つはシミュレーションの条件を変えると結果が異なってくることだ。坪倉氏らは6月にも富岳によるシミュレーション結果を一部紹介したが、その際には「電車では混雑時に窓を開けることで換気が進む」としていた。今回も、「何センチ窓を開けるかに比例して換気量が増える」としたものの、駅で停車してドアを開閉することによる換気効果も大きく、「JR山手線のように頻繁に停車する電車だと、ドアの開閉により窓を5センチ開けるのと同じような換気効果が得られる」と指摘した。条件にもよるが、冬場に寒い思いをして窓を開ける必要があるとは限らないようだ。

もう1つの課題は、今回のシミュレーションでは飛沫がどこに到達するかを調べているだけで、実際に感染するかどうかは分からないことだ。例えばシミュレーションでは、航空機内で通路側の人がマスク無しで咳をすると、エアロゾルが前後1列、左右4席程度まで拡散し、リクライニングの場合にはより多くの飛沫が前列のシートや乗客に付着し、エアロゾルは前後2列、左右4席まで拡散するという結果となったことを紹介した。ただし、どの程度の濃度のエアロゾルが到達すると感染のリスクが高まるのか、飛沫とエアロゾルのどちらの方が感染のリスクが高いのかといったことは分かっていない。

坪倉氏は「大きな飛沫は体の奥まで入らないが、エアロゾルは下気道や肺にまで到達するとされる。クラスターなどの研究からは、エアロゾルによる感染が起きていると分かっているし、要因としては飛沫よりもエアロゾルの方が大きいという指摘もある。われわれとしてもどういう場合に実際に感染リスクが高いかを把握したいと思っている。大きなサイズの粒子が危険ならマスクで対策できるが、小さな粒子がより危険なら換気が重要ということになる。それが分からないので、マスクも換気もといって負担が大きくなっている面がある」と考えている。

ただし、そこまでシミュレーションしようとすると、ウイルスがどのような状態であれば人への感染を起こしやすいのか、体内のどこで増殖して感染を起こすのかといったデータも必要になり、ウイルス学者や臨床医なども交えた研究体制が求められるだろう。

スパコンを使ったシミュレーションで、マスクの着用が飛沫・エアロゾルの飛散を抑えていることはよく理解できたが、マスクの着用により周囲の人の感染や発症がどれだけ抑えられるのかは今回の結果だけでは判断できない。画像で示されるとインパクトが大きいだけに、その意味するところを正しく理解したいものだ。

(日経ビジネス編集委員、日経バイオテク編集委員 橋本宗明)

[日経ビジネス電子版 2020年11月30日の記事を再構成]

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