/

烏山(東京・世田谷) 寺町、緑と溶け合う「小京都」

妙寿寺の門前には、巨大なイチョウの木がそびえ立つ

季節外れの陽気に包まれた11月中旬、自宅に近い京王線千歳烏山駅(東京・世田谷)周辺を歩いた。駅から延びるにぎやかな商店街を北に進み、甲州街道を渡って住宅街や学校を抜け、中央自動車道の高架をくぐる辺りから、街の風景ががらっと変わる。

この地域は「烏山寺町」と呼ばれ、北烏山2~6丁目にかけて、南北を貫く寺町通りを中心に計26の寺院が整然と立ち並ぶ。美しさと静寂が調和した街並みは「小京都」とも称される。

成り立ちは、1923年の関東大震災に遡る。大震災では東京の下町を中心に多数の寺院が被災。復興に伴う区画整理などにより、焼け出された寺院は周辺地域に移転して寺町を形成した。自然豊かな烏山には浅草、築地、麻布などの寺院が相次いで移ってきた。

寺町といっても宗派は様々だ。世田谷区のホームページに掲載されている「烏山寺町ぶらり散策マップ」を参考に各寺院を訪ねると、歴史だけでなく、それぞれに個性があることに気づく。

湯島に創建された称往院は江戸時代の明暦の大火で浅草に、大震災後の27年にこの地に移転した。境内にある「不許蕎麦」と刻まれた石碑が面白い。簡単にいえば「そば禁止」。浅草のころ、庵主(あんしゅ)が作るそばが有名となり「そば切り寺」として知られたが、精進の妨げになるとして住職が碑を建てた。

最も北に位置する高源院の門をくぐると、約2300平方メートルの「弁天池」が広がっていた。通称「鴨池」。後日、寺に問い合わせると、住職の岩崎宗光さんが「40年前までは、冬になるとシベリアからカモがたくさん飛んできていた」と由来を教えてくれた。目黒川の水源でもあり、池の中央にある浮御堂が水面に反射する光景は幻想的で美しい。

江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿ら著名人の墓も多い。見どころは盛りだくさんだが、季節柄、最も印象に残ったのは妙寿寺の門前で黄金色に染まった巨大なイチョウの木だった。住職の三吉廣明さんは「この地を開墾した世代が将来のことを考えて努力を重ねてきたからこそ、緑あふれる寺町ができた。しっかりと残していきたい」と話す。

観光地ではない。京都のようなスケールもないが「また訪れたい」と思わせる魅力が詰まっている。そんな懐の深さを感じる街だった。(江口博文)

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン