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地方移住の理想と現実 人とのつながり維持が鍵

フィンウェル研究所・野尻哲史さんに聞く

新型コロナウイルス感染拡大によるリモートワークの普及などをきっかけに、地方移住への関心が高まっている。フィンウェル研究所の野尻哲史さんは、移住に向いた都市の条件とは何かを考えるため2019年冬から地方都市の実地調査を開始した。コロナ禍で調査は中断しているが、すでに5都市を訪問。移住者からの聞き取りも合わせ、実態が少しずつ見えてきたという。19年11月に野尻さんが60代の移住者を対象に実施したアンケート結果(回答者数2128人)を踏まえ、移住の理想と現実について聞いた。

地方移住で生活が充実

──野尻さんが昨年、地方移住者を対象に実施したアンケートでは、82.7%が移住について「良かった」と評価していました。

そう考える理由として41.1%が「生活費の削減が可能になった」を挙げています。これは、生活水準を下げずに生活コストを圧縮するという途方移住の目的からすれば予想通りだったのですが、「新しい趣味などが見つかった」「新しい人とのネットワークができた」など、生活面での充実を挙げる人が合わせて半数以上いたのは興味深かったです。

実際、地方都市を訪れてのヒアリングでも、そうした事例に出合うことができました。例えば、岡山県倉敷市に移住した64歳の男性です。彼は仕事も投資もしていませんが、厚生年金とお母様の遺族年金、そして退職金もあり、特に生活に不自由はないそうです。住居費を中心とした生活コストが下がったことで、2カ月に1度趣味の観劇のために東京や大阪に出ると聞きました。移住で浮いたお金で、ゆとりのある生活を送れるという効用があるのは肌で感じましたね。

移住先で仕事を得るのは困難?

フィンウェル研究所の野尻哲史さん

──半面、アンケートでは「地方都市移住をしつつ働く」人は思いのほか少なかった印象です。

移住した人のうち、「働いている」と答えたのは46.4%にとどまりました。そもそも、「働くことはあまり考えたくない」と答えた比率は52.3%で、移住を検討中と答えた人(30.6%)や移住を考えたことがない人(47.3%)より高く出ています。

この理由は2つあるのかもしれません。まず、移住でゆとりができたから、そもそも働かなくて済むようになったということです。

移住した人の25.7%が、現在の保有資産で十分老後の生活は賄えると答えました。「ギリギリ足りる」まで合わせると、約8割が退職後の生活をカバーできるとしています。移住した人は、移住を考えたことがない人に比べて資産運用の経験が豊富な傾向があり、既に十分な資産を持っているという事情があるようです。

──もう一つの理由とは。

そもそも働く先がないということです。「移住は良くなかった」と答えた人のうち、35.8%が「仕事が見つからない」と答えています。

今回の実地調査でも「高齢者向けの仕事がない」という点を感じることはありました。徳島県に神山町という山あいの町があります。仕事と休暇を組み合わせた「ワーケーション」では先進的な取り組みをしている自治体です。

そこに移住してきた60代の男性は今、介護士をしています。大手電機通信メーカーに勤務していた経験はあるのですが、土地勘があるIT企業への再就職はかなわなかったそうです。ご本人は「最後は地元のためになる仕事をしたい」と気持ちを切り替えたそうですが。

現状、ワーケーションが視野に入れているのは若い人たちであり、シニア層の人材活用は道半ばであるのがこの時分かりました。ただ、コロナ禍でテレワークの環境が整ったことで、地方でも仕事はしやすくなっています。こうした状況を生かしてシニア層の人材活用が進めば、地方移住はさらにしやすくなるのではないでしょうか。

人とのつながりをどう維持するか

──どういった都市が移住に向いているのでしょうか。

私は「人口が50万人程度で一定の人口密度があり、大都市圏から離れている」都市が移住に向いていると考えています。重要なのは人口密度です。少し出歩けば人と会えるというのは、人とのつながりを作る上で重要です。役所が近く、行政的な手続きがすぐできるかという点も大きいですね。

今回実地調査した中では、岐阜が非常に興味深かったです。駅の直近にあるタワーマンションでは、低層部がサービス付き高齢者向け住宅で、上層部が分譲マンションになっていました。子世代が分譲マンションに住むのであれば、「味噌汁の冷めない距離」で親子が過ごせます。退職世代の地方移住を念頭に置いた、面白い取り組みだと感じました。

──アンケートでは那覇や札幌、そして京都が移住先としての人気が高かったですね。

那覇についてはコロナ禍が落ち着いてから実地調査をしてみようと思います。ただ、京都はあまり移住向きではないように思います。物価がさほど安くないというのもありますが、交通網がバス中心で、土地勘がない高齢者には使いづらいのも痛い点です。福岡についても同様のことが言えそうです。

──コロナ禍で移住に向いた都市の条件は変わったのでしょうか。

基本的には変わらないのですが、空港や大きい駅が近く、大都市圏に行きやすいという点が重要になった気がします。コロナ禍で簡単に移動ができなくなった中、いざという時にいつでも会えるという安心感は大きくなっているように感じますね。

テレワークなどの進展で、人とのコンタクトは以前より取りやすくなりました。ただ、結局大事な時には実際に顔を合わせたくなるのが人間です。移住して良くなかった理由としても、「旧来のネットワークが弱くなり、なくなってしまった」との回答が34%を占めました。生活コストの削減と人とのつながりをどう両立するのかが鍵と言えそうです。

野尻哲史(のじり・さとし)
フィンウェル研究所代表。国内外の証券会社調査部を得て、2006年に外資系運用会社で投資教育を担当。19年にフィンウェル研究所を設立。老後のお金について著書・講演多数。

(川路洋助)

[日経マネー2021年1月号の記事を再構成]

日経マネー 2021年1月号 会社員でもつくれる!老後資金1億円

著者 : 日経マネー
出版 : 日経BP (2020/11/20)
価格 : 820円(税込み)

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