「ホンダが新駅建設」との光明、発明はいつも苦し紛れ

「請願駅」──。この名称に良い印象を持つ人、悪い印象を抱く人、どちらが多いだろう。
新幹線、在来線に限らず、我が街を活気づかせる駅がほしい。でもJRはじめ鉄道各社の当初計画には入っていない。
ならば地方自治体が、鉄道会社に代わって、駅建設に必要なお金を出して造ればよい。たとえ税金を投入しても街が活性化すれば、受益と負担の関係や費用対効果の帳尻は合う……。ここでの名指しは避けるが、日本全国にはこうした経緯で造られた駅が数多くある。
リニアも決別した「請願駅」ラッシュ
日本経済が右肩上がりの時代にはそれでもよかったのかもしれない。だが駅前再開発すらうまくいかず閑古鳥が鳴き、その街で最もにぎわっているのは郊外型の大型商業施設……。そんな場所は、地方都市で数え上げればいくらでもある。バブル崩壊以降、デフレと不況、または低成長に悩んできた日本にあって、そもそも「駅さえできれば街が潤う」という発想自体が猛烈に古くなった。
しかも、地元出身の政治家をはじめ「強い欲望」と「票」のにおいさえ渦巻くこの請願駅だ。JR東海が建設を進めるリニア中央新幹線は、早い段階からこの歴史との決別を宣言し、「リニアは各県1駅のみ」の原則を打ち出している。「地元などからの要望を受け入れて何度も駅に止まっていたら、スピード勝負のリニアがリニアでなくなる」。そんな思いもある。
10月31日、埼玉県内に新駅が誕生した。県北部の寄居町にできた、東武鉄道「みなみ寄居駅」だ。これもまた同じ「請願駅」ではあるものの、これまでと性格はだいぶ異なる。頼んだ側は、鉄道駅であっても自動車メーカーのホンダ。費用負担も全額、ホンダ。企業拠出型の新駅建設だ。
「発明はすべて苦し紛れの知恵。アイデアは苦しんでいる人のみに与えられる特典」
10月30日の開業式典で、寄居町の花輪利一郎町長はホンダ創業者の本田宗一郎氏の言葉をあえて引き、「知恵と工夫で立派な駅が完成した」と謝意を述べた。もちろん、建設費用を出してくれたホンダに対してだ。時はコロナ禍であり、人口減・高齢化への有効策を打ち出しにくい状況は、人口3万3000人の寄居町も同じ。できるだけ出ていくお金は節約したい思いは当然、ある。
ホンダは今回の駅建設についてあまり多く語らないが、少なくとも「住民とホンダの従業員の利便性には寄与する」とみる。
「ホンダ自ら渋滞の引き金を引くのか」

ホンダは四輪事業の利益率を高めるため、生産能力の削減計画を立てている。英国の工場閉鎖に加え、国内では埼玉県狭山市の工場での生産を2021年度をめどに移管し、寄居工場へ集約する方針だ。寄居工場は13年に設立した最新鋭の工場で、敷地面積は95万平方メートル、多目的スポーツ車(SUV)の「CR-V」や電気自動車(EV)の「ホンダe」など年間25万台を生産する。
ただ、仮に何も対策を施さずに、狭山工場の約5000人の従業員の多くが大挙して寄居に移ってくることになれば、この寄居の街の幹線道路(国道254号線)が朝夕のマイカー通勤者でパンクしかねない。
裏を返せば、たとえ自動車メーカーであっても、電車通勤者との「分散」に気を配らずに、地域の生活環境の悪化の引き金を引く。そんな事態は、ホンダにとっても本意ではなかったというわけだ。
「小さな話」「大企業として当たり前」と、思う人もいるかもしれない。だが、一連の取材を通じてヒト、ハコ、カネが我が街から流出し、嘆く人々に何度も出会った。コロナ禍で企業の人員削減を含めた合理化や進出地域の選別が強まっていく可能性もある。だからこそこの方式での新駅建設は今のご時世、誰にでもできる話ではない。
今回の駅建設がたとえホンダによる経営戦略上の選択であっても、結果として寄居町にとっては自分の懐を痛ませることなく駅ができた。恐らくしばらくはこの地にとどまってくれる安心材料にもなった。少なくともこれらの点は事実だ。町の担当者も「新駅ができたことで、地元とホンダの関係は今まで以上に密な関係になる」と話し、「ホンダで働く人が電車通勤になることで町内の飲食店に立ち寄ってもらえるなど、副次的な効果にも期待できる」と話す。
「本名・請願駅」「実質・〇〇負担駅」の事例はほかにもある。北海道当別町。この街にはチョコレート菓子「ロイズ」のブランドで知られるロイズコンフェクト(札幌市)が工場を構えており、JR北海道札沼線に新駅の設置が決まった。22年の開業を目指す。
新駅は、ロイズの負担で駅舎の建設を進め、最終的には当別町に寄付する形をとるという。この狙いもホンダと同様で、まずは「自家用車や別の駅から送迎バスで通勤していた従業員の利便性が増す」(ロイズコンフェクト)という効果に期待を寄せる。町も「新駅で交流人口は増えるはずなので、面としてエリアが活性化することにもつながる」と話す。
街をつくり変える知恵と工夫、万策は尽きていない
コロナ禍と日本経済の浮き沈みに翻弄されながら、身動きがとりにくくなっている地方と地方経済――。かつて、人口増に向けてあらゆる手を尽くし「奇跡」とも呼ばれた街もある。関係者は皆、嘆きながら過去を振り返る。
だが時は待たない。コロナ禍に加え、人口減・高齢化、さらには街自体が急激に老いていく現実が迫る。今後、医療も教育も既存インフラも、コミュニティーも経済も、つくり変えたり修復したりする作業が絶対に欠かせなくなる。「発明はすべて苦し紛れの知恵」と自動車メーカーの創業者は言った。これまでと違った形で企業に協力を仰ぐのだって道、街が自前でつくり変えるのだって道。要は、万策尽きている場合ではない。
(日経ビジネス 大西綾)
[日経ビジネス電子版 2020年11月20日の記事を再構成]
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