ラグビー廣瀬氏「イノベーション、選手の発想から」
多様性×スポーツ 岡田武史さんと語る
新型コロナウイルスの感染拡大はスポーツ界にも打撃を与えた。スポーツで生きてきたアスリートたちはこれから何を目指し、どういう形で社会に貢献できるのか。FC今治(J3)のオーナーで、サッカー元日本代表監督の岡田武史さんがゲストを迎えて対談する。第1回としてラグビー元日本代表主将の廣瀬俊朗さんと語り合った。
廣瀬 岡田さんはラグビー経験あるんですか。
岡田 高校(大阪・天王寺高)が校内大会があるくらいラグビーが盛んで。そういうとき、スタンドオフをやっていた。試合前に「どんなことをしても相手を止めろ」なんて仲間に指示しているのが先生にばれて、むちゃくちゃ怒られた。
廣瀬 ラグビー向きな気がする。絶対やっていると良かった。
■外国人選手も「同じ仲間」
岡田 代表監督の頃、ラグビーの映像を選手に見せたことがあって。イングランド対ウェールズかな。ラグビーの選手はどれだけ激しくぶつかっても痛がらない。試合前のロッカーでの選手は押し黙ったり、壁に体をぶつけたり。それは試合への恐怖を乗り越える儀式のようなもので。それに比べてサッカーの選手は甘いなと感じて。
ラグビーで驚くのは日本代表に外国人選手が多いこと。昨年のワールドカップ(W杯)で日本が勝つと「これが日本社会の将来の姿」ともてはやされたけど、選手はどういう感覚なの?
廣瀬 僕らに違和感はなくて。当たり前のように日本のジャージーを着て日本のためにとプレーをする同じ仲間なので。
僕がすごくいいと思うのは(昨年のW杯でキャプテンだった)リーチ・マイケルのように日本の高校や大学を出て、お互いの事情をよく知る人間がいること。彼らが日本の選手と外国人選手の間に入って「ここは日本式に合わせなきゃいけないよ」とか言ってくれる。逆に僕ら日本人がミーティングの時は何も言わず、解散した後で文句や不平を言うのを「そういうのは絶対に変えないとだめ」と教えてくれたり。
岡田 お互いのいいところを伝えて取り入れて……。世界の流れが、それに反して分断の方向に向かっているのは気になるね。私が中国の杭州緑城で監督をしたのも国境というくくりとは別に、サッカー仲間をつくる目的があったから。東京五輪・パラリンピックにしても「開会式の入場行進は国・地域ごとじゃなく、競技ごとにしたらどうか」と関係者に提案したこともある。
廣瀬 おそらくこれからの日本は職場でも生活の中でも外国人がさらに増えていく。言語の問題などはあっても、その方が面白いことが起こる確率は高まるんじゃないかな。同じような人が集まった方が楽だけれど、それでは大きなイノベーションは起きにくいと思うので。

ラグビーにもたくさんの種類があって、それを一緒に盛り上げる団体One Rugbyもつくりました。15人制は知られているけれど、7人制もあるし、車いすやデフ(聴覚障害者)、ブラインド(視覚障害者)などは連盟も含めてバラバラに活動している。オンラインでイベントをやって、車いすやブラインドラグビーのルールはこうです、と少しずつやっている。
僕はチームでキャプテンを任されることが多かった。岡田さんはどうやってキャプテンを選んでいましたか。
岡田 一番は人間性で引っ張れること。2010年W杯の直前に中沢佑二から長谷部誠にキャプテンをかえたのは別の理由だったけれど。中沢、長谷部とも皆から尊敬される人間性を持っていた。若い天才的な選手に責任感を持たせるために、主将にする監督も中にはいる。私は選手一人のためにチームを犠牲にする考え方はしない。
廣瀬 監督は選手を外す立場なのでどうしても嫌われる。キャプテンは嫌われては務まらないという意味でも、人間性は大事ですね。
僕は今、バスケットのBリーグの応援キャプテンをやらせてもらっている。ファンを増やす手伝いをしながら他の競技がコロナ禍で何を考え、どうお客をつかまえようとしているのか、いろいろ学んでいるところ。FC今治はどんな感じですか。
岡田 J3だと収入における入場料の比率が小さく、無観客自体は大きな痛手にならなかった。サッカー以外の事業収入もまあまあある。ただ、今治の企業もコロナで傷んでいて、スポンサー収入は来年以降、厳しい局面を迎える。そんな中でJ2仕様の複合型の新スタジアムを建てる。街の人たちの心のよりどころとなり、365日、人が集う里山のようなスタジアムにしようと。教育事業もやっていて地域とサッカーを絡め、いろんなシナジーを起こしたい。
■希望を与えられるスポーツの力
廣瀬 僕は、ラグビーがというより、スポーツがもっと世の中に根づくことを人生の大義にしている。コロナ禍という危機に直面して、アスリートのネットワークが横に広がり、僕も含めて10競技くらいの関係者が勉強会を自主的にやるようになった。みんな、スポーツが果たす役割を真剣に模索している。
岡田 それはすごくいいこと。スポーツは不要不急のものと見られがち。確かにスポーツも含め文化は生きるか死ぬかの瀬戸際では起きない。外敵に襲われた時、仲間に危険信号としてたたいたり鳴らしたものが、ゆとりのある時にリズムをつけることで楽器になり、音楽に発展していった。そういう文化をつくりだした人間は、そういうものがないと生きていけなくなった。それが「文化は社会や人間の生命維持装置」の意味するところで。コロナ禍で在宅の間、音楽に勇気をもらった人はたくさんいる。スポーツも必ず役に立てる時が来るはずだ。
東日本大震災の後、経験したけれど、被災地を回って避難所でサインをし、一緒に写真を撮っても喜んでくれるけれど本当の笑顔にならない。でもグラウンドに子供を呼び出してボールを蹴って遊んだら、子供が喜ぶ姿を取り巻いて見ていた大人が全員、最高の笑顔になった。
今日の一歩を踏み出す希望を与えられるのがスポーツ。子供たちを笑顔にして大人の生きがいに変える。その力をスポーツ界は自覚すべきだと思う。

廣瀬 スポーツからしか得られない喜怒哀楽みたいなものが、ライブ感とともにあるのがすてきだし、子供に対してアスリートやスポーツは透明というか、不快感なく楽しめるのも価値のあること。スポーツや芸術や音楽がなくなると、生きがいというところでも人間は相当しんどくなると僕も思う。好きなチームがあって試合を見て、仲間同士でコミュニティーができて会話も成り立つ。そういうちょっとしたことが無形の資産としてすごく大事だなと。
僕は今、慶大のドクターコースでキャプテンシーについて研究している。スポーツとビジネスの両方の分野で有益なリーダーシップとは何かが出せたらいいなと。
アスリートのセカンドキャリアをサポートする「アポロプロジェクト」という活動にも取り組んでいる。イノベーションを起こすには自分から動くことが絶対に必要だし、新しいアイデアは違う分野の人と掛け合わされることで生まれやすい。アスリートの側から面白い発想を持った人がどんどん出て、ビジネスの分野に刺激を与えられるといいなと。根底には、アスリートを変えることで社会を変える、そんなムーブメントを起こしたいという気持ちがある。
■主体的に生きる人間をスポーツ界から

岡田 日本人って、自分の人生を周りや環境のせいにしがち。これはスポーツをやる時にも、すごく大きな問題で。主体的で自立した選手をどう育てるか。今治で「岡田メソッド」を策定し、そこにチャレンジしているけれど決して日本人ができないわけじゃない。
海外のサッカーW杯で日本は私と西野朗さんが監督の時、2度ベスト16に進んだ。共通するのは前評判が低かったこと。それに対する反発で選手たちが吹っ切れて主体的に動き出した。日本人は追い込まれた時、すごいエネルギーが出る。でも僕が「ブラックパワー」と呼ぶこの力は長続きしない。
この国は「リーダーがいない」「リーダーをつくれ」とよくいわれるけれど、必要なのはリーダーだけじゃなくて主体的に生きる人間の方。誰かに引っ張ってくれと言っている時点ですでにだめで。そういうのをまずスポーツから変えられないかと思っていて。特に集団スポーツのサッカーやラグビーで。
廣瀬 アポロプロジェクトもそこに狙いがあって。引退後のスタート地点のところで「自分はこんなことをしたい」「こんな世界をつくりたい」というのをアスリートがあまり持てていないのかなと感じていて。まず自分を掘り下げるところからスタートする。文句を言いながら会社に行くんじゃなく、その会社を選んだのは自分でしょと。そういうところから発想を変えて、広げていきたいなと。
■日本を熱狂させた選手の主体性
岡田 昨年のラグビーW杯に日本人がなぜあれだけ熱狂したか。勝ったから、だけじゃないと思う。選手一人ひとりがロボットのようじゃなく、生き生きとプレーしたことにも感動したわけで。そういうものを見続けていけば、日本人も変わっていけるんじゃないかな。
廣瀬 ヘッドコーチのジェイミー・ジョセフが選手に主体性を持たせ、選手も何のためにラグビーをしているのかを確認し体に落とし込んでやっていた。これからのアスリート像として、いい意味で他のスポーツにもアピールできたように思う。
岡田 海外出身の選手がいなくても、あれだけ主体的にプレーするチームになったのかな。
廣瀬 彼らがいたからより加速した面はあったとは思う。それと15年大会の南アフリカとの初戦で最後の最後、選手で決断して逆転トライを奪いに行った経験も大きかった。
岡田 これからの社会は多様性や可変性がキーワードになると思っている。進化はこれまであったものに新しいものがとってかわるだけじゃなく、新しいものが足されるということもある。チームも主体的に動く者と地道にこつこつと仕事を続ける者の両方が必要だしね。
主体性でいうと、未来では人間に指示を出すのがAI(人工知能)なんてこともありえる。
廣瀬 ラグビーはカオスのスポーツ。相手がいて直感や天候も含めた現場のもろもろに左右されるので、事前のデータがすべてとはならないと思う。
岡田 AIに、例えばベンゲル(元アーセナル監督)やファーガソン(元マンチェスター・ユナイテッド監督)ら名将の采配や練習方法など全部ディープラーニングさせたら、人間の監督は勝てないんじゃないかな。
廣瀬 勝てないんですかね?
岡田 うーん、監督の仕事がどうなるか分からないけれど、カーナビに従って運転するようにAIの指示に従えば、失敗の少ない結婚相手が選べるとか、幸せな人生を送れるという未来はあると思う。

廣瀬 個人的には越えてはいけない一線があると感じていて。その色を塗った方がいいとAIに言われても、それを塗った時点でフィロソフィーが失われるというか。人間じゃないことになり、かえって自分が苦しくなるような気がする。
岡田 人間の幸せはそれだけなのかという思いは私にもある。困難にチャレンジして失敗したり乗り越えたり、失敗しても、その過程で絆を得る喜びもあるわけで。特にスポーツがそこをなげうつ、あるいは見失うことは心配。ほかのものと差別化できる、スポーツの一番大事な部分なので。だから私は今治を人間性を取り戻すレジスタンス基地にすると話している。
廣瀬 まずアスリートが自立することが大事な気がしている。お金を稼ぐだけじゃなく、お返しすることも考え、社会貢献を含めて将来を設計していくことが大事だなと。日本はSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが遅れている気がするので、スポーツ界から率先して示していけたらとも思う。
岡田 そういう考えをコロナ禍は後押ししてくれるのでは。成長を追うことは大事で、そうでないと給料を社員に払えない。でも、それにプラスして信頼とか絆とか目には見えないけれど大事なものがある。コロナ禍でみんながそんなことを思い始めている気がする。
おかだ・たけし 1956年生まれ、大阪府出身。早大から古河電工に進み、日本代表DFとして国際Aマッチに24試合出場。日本が初出場した98年ワールドカップ(W杯)と2010年W杯で代表監督を務めた。横浜F・マリノス監督してJリーグを2度制覇。14年からFC今治のオーナーを務める。