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清廉・魔性の女 演じ分け(演劇評)

木ノ下歌舞伎「糸井版摂州合邦辻」

内田慈(中央下)が多面的な玉手御前を好演 (C)東 直子

ヒロインとは、神話の世界では、勇気と美徳を備え善行を積む、超人的な女性の英雄の意味もある。そんな壮大なスケールのヒロイン像を、現代演劇で見た。木ノ下歌舞伎の「糸井版摂州合邦辻」(2日、ロームシアター京都で所見、菅専助・若竹笛躬作、木ノ下裕一監修・補綴(ほてつ)・台本、糸井幸之介台本・演出・音楽)。浄瑠璃の大曲をベースに、新たな場面も加え、古語と現代語を織り交ぜた音楽劇に仕上げた。

大名家の嫡男・俊徳丸(土屋神葉)は、継母の玉手御前(内田慈)から誘惑され、毒酒を飲まされる。失明し美貌も失った彼は、家を出る。玉手は実父の合邦(武谷公雄)に成敗されるが、実は彼女は、俊徳丸が異母兄の次郎丸(永島敬三)に命を狙われていると知り、彼を助けるため悪女を装い、一旦毒を飲ませたのだ。息絶える寸前、毒に効く自らの生き血を彼に飲ませ、さらに次郎丸の救済も願い昇天する。

玉手の追憶の場面を挿入。貧しい中、両親に孝行する幼少期。結婚後は、先妻の息子の俊徳丸を慈しみ、母性愛に溢(あふ)れる。彼女の無垢(むく)な本質が焙(あぶ)り出され、婚家の安寧のため、魔性の女を必死に演じたことが伝わる。

全員によるスローな動きのダンスは、天上の大気を手繰り寄せるように見え、舞台全体が神性を帯びる。玉手が成敗される場面は、ギリシャ神話や日本神話の神々の名前を連呼する大合唱を背景に展開。玉手の姿が地母神の如く浮かび上がる。

内田慈は、しなやかな身体性で可憐(かれん)な幼女、清廉で優しい母親、妖艶な魔性の女を演じ分け、平和のために人生をかけた女性の一代記に魂を込めた。共演者達は、玉手への思いと関係性を丁寧に描写。最後は俊徳丸ら若い世代が次代を担うことを暗示。生気と希望を伝える舞台だった。

(大阪芸大短期大学部教授 九鬼葉子)

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