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日本電産の賃金3割増宣言にみる「7S」の組織変革術

グロービス経営大学院教授が解説

日本電産の創業者で永守重信会長兼最高経営責任者(CEO)が、3年で従業員の給与を30%アップすると宣言して話題になりました。今回の取り組みについて、グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、組織分析のキーワード「7S」の観点で解説します。

【解説ポイント】
・賃金アップは新たな事業戦略に必要な人材採用と組織変革への宣言
・組織変革は従業員の意識、スキル、文化などの整合性が成否のカギ

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組織は価値観や戦略でも構成される

「組織」というと、従業員や組織図をイメージする人が多いかもしれません。しかしこれらは組織の一部にすぎません。組織の特徴や、組織の抱える問題を分析するフレームワークが7Sです。

7Sでは、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(経営システム)、Shared Value(共有されている価値観)、Style(経営スタイル、組織文化)、Staff(従業員)、Skill(組織スキル)という7つの特徴を洗い出し、それぞれが整合しているか、一貫性があるか、特に戦略に対して効果的な組織になっているかを分析します。

今回のテーマでもある報奨やセットになる評価制度は、経営システムの一部です。経営システムには人事システム(採用、配置、育成、評価・報奨、退出等の仕組み)や管理会計システム、意思決定・コミュニケーションシステムなどが含まれます。

「永守イズム」を隅々まで徹底

日本電産はこれまで基本的にブラシレスモーターメーカーとして成長してきました。よく言われる同社の特徴は、顧客への対応スピードや買収による成長を軸とした戦略や、極めてスパルタ的な組織文化、そしてそのための仕組みです。たとえば同社では「すぐやる、かならずやる、できるまでやる」「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」といった精神が浸透しています。

経営数字を日次で細かくチェックして、目標未達の場合はしっかり対応策を練って経営陣に説明できないと厳しい指摘が飛んでくるようなやり方が根付いているといいます。その他にも徹底した経費削減策や、部品・原材料調達の際の厳しい値下げ交渉ルール、1週間で100件営業、被買収企業における1年間の「1円稟議(りんぎ)」(1円以上の支出にはすべて永守会長の承認がいる)といった、従業員にコストを徹底して削減させる意識や業績達成へのこだわりを持たせる施策が浸透しています。

こうした組織運営を支えてきたのが、永守会長の超人的ともいえる組織へのコミットです。俗にマイクロマネジメントと呼ばれる積極関与により、組織の隅々まで目を光らせてきました。上記の1円稟議についても、すぐに返事を返すなど、自身がボトルネックになってスピードをそぐようなことはしません。「厳しいけれど永守会長についていけば先は明るい」「永守会長は従業員に要求する以上のことを自ら実践し、背中で見せている」というのが日本電産の従業員の意識だったのです。

一方で、同社の従業員の定着率は必ずしも高くはありませんでした。「被買収企業も含めて指名解雇はしない。雇用は守る」というのが日本電産のポリシーではあるのですが、徹底して現場を鍛える組織文化や施策についていけず、自主退社する社員も少なくなかったようです。

賃金増の宣言で新戦略に拍車

今回の給与アップ宣言は、頑張ってくれている従業員に報いるという側面も当然ありますが、忘れてはならないのは日本電産の新戦略でしょう。

これまではブラシレスモーターメーカーという「部品屋」として存在感を発揮していきましたが、新戦略では、モジュールメーカー、さらにはソリューション提供者へと進化し、より大きな付加価値を取り込むことを狙っています(厳密にはこの戦略は数年前にスタートしており、それを見据えた垂直統合的な買収も行っています)。

たとえば冷蔵庫の場合、モーターの市場規模は1000億円にとどまりますが、コンプレッサーのモジュールととらえれば、15倍の1兆5000万円の市場規模に膨らみます。近年力を入れている車載部品についても、単に自動車部品メーカーにモーターのみを提供するのではなく、インバーター、ギア、冷却システムと従来は1次取引先のメーカーなどが提供していた領域にまで事業を広げようとしています。こうしたやり方によって、2030年までには売上高を一気に拡大して、10兆円(現在のおよそ7倍)とするのが日本電産の掲げる目標なのです。

整合性のとれた「7S」がカギ

そうなると、例えば7SでいうStaff(従業員)やSkill(組織スキル)にも進化が求められます。これまでは「知的ハードワーク(とともに体力的ハードワーク)」でとにかく結果を出すことが求められましたが、今後はよりクリエイティブな発想、イノベーションにつながる発想も求められるでしょう。必然的に新しいタイプの人材の採用が必要になります。記事にも中途採用の強化についてコメントがありますが、新戦略の実現に必要な優秀な人材を確保するためにも賃金をしっかり上げることがやはり必然になるのです。仮に中途採用者のみ賃金を上げると、組織に不公平感が生まれますから、全体で上げていくというのはある意味理にかなっていると言えます。

7Sは冒頭に触れたように整合性が大切です。整合性がないと、施策の効果が弱くなったり、組織にゆがみが生まれたりして、組織の士気が低下することにつながりかねません。なにより、戦略の効果も薄れてしまいます。今回の施策はまず「第一歩」として妥当性はあるように思われます。給与を上げるということは人件費アップを意味しますが、現時点で株式市場は好感して受け止めており、発表以降に日本電産の株価は年初来高値を更新しました。相場全体の上昇を割り引いても、個別に評価されているようです。

創業者頼りからの変化も必要に

とはいえ7Sの整合性をとりながら、組織を中期的に変革していくのは容易ではありません。Structure(組織構造=組織図)や一部のSystem(経営システム)などはその気になれば比較的容易に変えられますが、人々の意識や行動、既存の従業員のスキルなどはそう簡単には変わらないからです。従業員の意識・行動の変容は一筋縄でいきません。初めの図は、7Sの各要素の変わりにくさと組織変革の典型的な順序を示したものです。これらの整合性をとりながら変えていくことの難しさが分かるのではないでしょうか。

日本電産についていうと、永守会長がどこまで変革にコミットし続けられるかもカギになりそうです。2年前に社長として昇格させた吉本浩之氏はあっというまに副社長へと降格になりました。続けて社長に就任した関潤氏が同じ轍(てつ)を踏まないという保証はありません。そもそも創業者がいる企業というのは、創業者≒組織文化であり、組織文化と表裏一体である経営システムも創業者の鶴の一声で決まることが多いものです。今回の給与30%アップも、通常の企業ではなかなか打ち出せない施策です。

うまく働けば非常に良い結果につながりますし、経営陣への信頼を厚くする効果があるのですが、もし永守会長が間違った意思決定をすると、これまで築いてきた信頼が崩れ去る可能性があることも意味します。永守会長の年齢を鑑みると、長期にわたって先頭に立ってスパルタ風マネジメントをするには難しいのではないかとも想定されます。

ビジネスモデルや戦略を大きく変えることは、往々にして昨日までの常識が通用しなくなることを意味します。つまり、永守会長自身も新しい挑戦をせざるを得ないということです。そうした中、「超人」頼りだった日本電産という組織が真のエクセレントカンパニーとなるうえで、「脱永守氏」をにらみつつ、どこまで7Sの各要素を満たしながら組織変革を進められるか、今後の大きな注目点でしょう。

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修

「7S」についてもっと知りたい方はこちら

https://hodai.globis.co.jp/courses/27e8d9eb(グロービス学び放題のサイトに飛びます)

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