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「栞」に込めた思い 特別レースの名が決まるまで

数々の歴史的快挙に彩られた2020年の中央競馬も、残り少なくなりました。既に来年の開催日程は発表されていますが、この時期には、来年の年明けからダービー週までの「春季競馬番組」も発表されます。

「競馬番組」とは、中央競馬の各開催日に1レースから12レースまでどんな条件のレースを組むかに加えて、各レースの発走時刻などが詳しく書かれています。春季、夏季、秋季と1年を3回に分けて発表され、この競馬番組の発表は、筆者にとっては新刊の本をめくるような感覚になる、楽しみな時でもあります。

コントレイルが無敗の三冠を達成した菊花賞当日のレーシングプログラム

今年の秋季競馬番組が発表された夏。改修工事入り直前の4回京都競馬最終日、11月1日の第10レースに「栞(しおり)ステークス」という、初見のレース名がありました。日本中央競馬会(JRA)のホームページに掲載された「特別レース名解説」には、こんな文章が載っていました。

「栞は、読書などを一休みする際、書物に挟んで目印とするもの。本競走は、京都競馬場が100周年記念事業の一環として整備工事に入ることから、お客様との再会の目印となることをイメージして名付けられた」

京都競馬場という名著のページをめくることを一休みする前、最後の日に置かれる「栞」。何と美しい由来!これはぜひレース名を考えた方に話を聞いてみたい。

まず、特別戦の名前はどのように決まっているのかを知る必要がありそうです。JRAの競馬番組の作成に携わる、競走部番組企画室企画課の櫨山裕樹さんにお話を伺いました。

「芝の中距離」はギリシャ神話!?

「まずは、季ごとに本部、東西トレーニング・センターおよび競馬場の担当者で番組作成会議を行い、(既に決まっている重賞競走以外の)条件ごとの編成数、個々の競走の馬場・距離、配置等を決めていきます。番組の中身が固まった後、特別競走をどの競走とするかを決めて、そこに競走名を当てはめていくことになります」

また、名前を付けるにあたっては「聞くだけで季節や実施競馬場、詳しい方ですと競走条件や距離を思い浮かべ、勝馬投票券を購入されるお客様もいらっしゃることから、特に『継続性』を大事にしています」とも。

なるほど、同じ暮れの2歳1勝クラスの芝2000メートルでも葉牡丹賞は中山、エリカ賞は阪神と、競馬に親しむにつれ、レース名が季節や場所、条件とひもづいてきます。

思わずうならされたのは「全てとはいきませんが、同じような条件の競走には、ある程度関連した競走名を設定し、名を聞くだけで大体どのような条件の競走かわかるような編成をしておりますので、そういった点にも注目していただけるとうれしいです」という言葉。

今秋中京には芝2000メートルのオープン「ケフェウスステークス」が新設されましたが、星座ケフェウスの由来はギリシャ神話に登場する古代エチオピアの王。その妃がカシオペアで娘がアンドロメダ。カシオペアステークスは芝1800メートル、アンドロメダステークスは芝2000メートルのオープン。「芝の中距離」で条件がそろっていました。

「栞ステークス」が記載された番組表

この発想力はすごい。「辞書・辞典、地図や図鑑、星座の本など、何でも参考にします。結構アナログです」と櫨山さん。競馬ファンの目をひく真新しい特別戦の名前は、書物と向き合っての地道な知的探求の産物でした。

名付け親は京都競馬場で働く女性

「栞ステークス」はどんな経緯で決まったのでしょう。実は「レース名を考えたのが、企画課と別の部署にいた人」という場合もよくあるそうです。櫨山さんによると「お客様をお迎えし、レースを実施する競馬場にまずは提案をお願いしています。栞ステークスについては、競馬場から整備工事前最後の開催となる4回京都の最終日に、『お客様との再会の目印となる競走名を付したい』との要望があり、提案いただいた競走名でした」。ということで、名付け親にたどり着くことができました。

「栞ステークス」の名付け親は、JRA入会5年目、京都競馬場お客様課サービス係の樋口茉央さんでした。早速、話を伺ってみました。

「最初はカタカナで、スタイリッシュな『さよなら』のような言葉をイメージしていたんです。でも、京都競馬場と永遠の別れではないし、終わりではなく続きを感じられるニュアンスで、一休みするイメージを持ってもらえる言葉はないかなと。それでいて京都らしい和風な言葉を……と考えていました。そこで、読書を途中で休憩する時に挟む栞が、ふっとひらめいたんです。栞という言葉が持つレトロモダンな雰囲気も京都らしいですし、響きも美しかったので、京都競馬場内のプロジェクトに提案してみました」

改修前最後のレースを終えた京都競馬場

結果、「込められた意味から満場一致で採用することとなりました」(櫨山さん)という栞ステークス。競馬番組やレーシングプログラムに自分の考えたレース名が載り、目の前でレースが行われたことには「びっくりしましたし、幸せでした。貴重な経験をさせてもらえました」と、樋口さんは弾んだ声で語ってくれました。

再開後も物語を紡いでいけるように…

最後に樋口さんに聞いてみました。「一競馬ファンとして、京都競馬が再開される週に、挟んだ栞を外す意味でまた栞ステークスが行われてほしいですか?」

「そうなったらとてもうれしいですね。本に栞を挟んでいる時間って、今までのストーリーを振り返ったり、続きの展開に期待を膨らませたりする時間でもあると思うんです。京都競馬場も同じようにそんな時間を経て、23年の春にまたお客様、関係者、競走馬、みんなでこれからの物語を紡いでいきたいな、と思っています」

栞ステークスという印象的なレース名は、淀(京都競馬場)を愛する方のみずみずしい感性の産物でした。レース名には様々な方の思いが詰まっている。それを実況できるありがたみを、改めて感じた取材になりました。

栞が外され、京都競馬場という名著のページが再びめくられるのは23年春です。再来年の今頃、競馬番組が発表されたら、筆者は真っ先に京都の競馬番組を見ているでしょう。「栞ステークス」という文字を見られることを期待しつつ。

(ラジオNIKKEIアナウンサー 大関隼)

各アナウンサーが出演、ラジオNIKKEIの競馬番組はこちらでチェック! http://www.radionikkei.jp/keibaradio2/

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