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マラソン文化を守る勇気 社会に不可欠、草の根で結束

来春以降もマラソン大会中止の発表が相次いでいる。冬に入り感染者が再び増える懸念も高まり、大規模なレースの開催はいまだ難しい状況のようだ。レースの多くが自治体主導で開催されていることも影響している。マラソン大会は公道の使用許可など官庁のバックアップがないと難しく、開催には自治体の判断が大きく左右する。大会が開かれなくても自治体にとって経済的損失はなく、ならばと横並びでリスクを回避する動きが広がっている。

4年前、ゲストランナーを務めた地元のぐんまマラソン

公務員として15年働いた経験から、自治体がこうしたイベント開催をちゅうちょする姿勢は十分理解できる。公務員は保守的な組織でもあり、リスク覚悟で積極策へ合意形成する難しさは民間企業とは比べものにならない。ただ、大会の規模を縮小したり、スタート方法やコース、距離を変更したりと手を尽くせば、開催へと踏み出す余地があるのではないだろうか。

勤務形態がリモートワーク中心に変わるなどして走る時間が増えた人も多い。その一方で、大会がこれだけ中止になると目標が失われ、ランニングから遠ざかる人もかなりの数にのぼると思われる。1000万人近いといわれる日本のランニング愛好者人口を考えると、健康面に及ぼす負の影響も大きく、マラソン中止は一種の社会問題といえそう。

スマホなどのアプリを使って走った距離やタイムを全地球測位システム(GPS)で計測、完走や順位を決めるオンラインマラソンという選択肢もあるようだ。ただ、これはリアルの魅力と比べるまでもなく、あくまでコロナ禍における代替策でしかないと感じる。

ここ十数年でランニングにかかわる企業が少しずつ広がった。その多くが「この状況があと1年続くようならもう難しい」と嘆き、存亡の機に瀕(ひん)している。ランニング大会にかかわる仕事にどれほどの人が夢をかけてきたかを身近で見聞きしてきただけに、暗たんたる気持ちになってしまう。コロナ禍が終息した際に、はたして以前のように大会を開催できる「土壌」は残っているだろうか。

たくさんのマラソン大会が各地方で開かれ、スポーツ歴のなかった人までを巻き込み、地域を盛り上げるランニング文化を育んだ。文化は生き物と同じで、血が通い続けなければ絶えてしまう。この文化を守る努力を積極的に考える時だ。それが文化を生み出した者の責務でもあろうと思う。

各地のランニングコミュニティーでは、大会が開催されなくてもさまざまな工夫で、小さな草の根イベントを継続している。マラソン大会主催者も市民ランナーのそうした思いをくみ、前向きに検討してほしい。幸いにもトレイルランニングの大会は規模が小さく、市街地を離れた野山を走るため、徐々に開催のめどが立ってきた。

難しい状況下でレースに出てくるランナーを見ていると、大会出場が走るモチベーションにつながり、ひいては厳しいコロナ禍を乗り切る心のよりどころとなっているのがわかる。コロナとの共生を図りつつ、みんなが集い、走る、マラソンのような場も空気や水のように必要不可欠なもの、という発想にも一理あることを知ってもらいたい。

(プロトレイルランナー)

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