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対立から最適化へ スポーツの現場でも進む流れ

ドーム社長 安田秀一

激闘となった米大統領選では経済や人種などを巡る「分断と対立」の根深さが明らかになりました。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームで社長を務める安田秀一氏は、欧州でも日本でも同様の空気が漂っていると指摘します。混沌とした時代ですが、同氏は大統領選後に大きな変化の端緒を感じたと言います。そしてスポーツの現場では一足先に対立から最適化への流れが始まっていると説明します。

◇   ◇   ◇

世界最高の権力者を決めると言っても過言ではない米大統領選は民主党のバイデン氏の勝利で決着がついたようです。現大統領のトランプ氏も、当選を確実にしたバイデン前副大統領も7000万票以上を集める大激戦でした。各地でトランプ派と反トランプ派の衝突やいさかいなども頻発し、あらためて米国内の「分断と対立」の深刻さを実感する事態になりました。

この「分断と対立」の空気は、米国だけではありません。欧州でも移民政策に端を発する英国の欧州連合(EU)脱退、日本でもヘイトスピーチの増加やネット右翼の台頭など、政治構造を含めて国民同士の対立構造を刺激する事象が多く見受けられて、ややもすれば「対立があって当然」というような社会情勢になっていると感じます。この先、世界はどうなってしまうのでしょうか。

個人的な見方ですが、今回の大統領選は「大きな社会変化」への端緒になるのでは、と感じました。むしろ「変化への期待」が胸に込み上げてくるような展開に、ハラハラドキドキして動向をうかがっていました。そんな劇的な選挙戦を終えたバイデン氏は、すぐさま「分断から融合へ」というメッセージを発信しました。理性と決意に満ちたそのスピーチは久々に聞く「アメリカらしい」力強いものでした。

これだけ世界平和が叫ばれて久しい現代です。あえて敵をつくって、攻撃して、自分だけが幸せになれる……そんな虫のいい話が通用するはずがありません。

スポーツでは最適化優先の思考が主流に

スポーツの世界では、一足先にそんな変化への胎動を感じる事象が増えています。例えば、かつてはプロ野球の名物ともいえた乱闘も、近年はめっきり少なくなりました。より具体的には「コリジョン(衝突)ルール」の採用など、自分のチームが勝つことばかりを考えるのではなく、リーグ全体の発展、すなわち最適化を優先する思考が主流になってきました。アメリカンフットボールでも、相手チームに相当なダメージを与える「QBのケガ」を防ぐルールが適用されたり、相手のケガを狙うようなタックルが禁止されたりと、ケガ人が出て試合全体のレベルが下がることがないような取り組みが増え、僕が現役だった時代とは全く違う思考を軸にゲームが行われるようになっています。

少し視点を広げて、人類の歴史を振り返ってみると、社会が大きく変化する時に対立が深まり混乱が起きるのは何度も繰り返されてきた事実です。稲作農耕の登場、農業革命、産業革命など、テクノロジーの変革は一時的に格差を拡大させます。産業革命ではブルジョアとプロレタリアートの対立が激化し、列強に帝国主義が広がり、それが大きな戦争すら引き起こしました。混沌から最適化への調整の時期を経て、社会は新たなステージに進化していく。その繰り返しなのだと思います。

昨今ではパソコンの登場以来、情報革命の波が止まるところを知りません。それが現在の分断と対立の背景にあるのは周知の事実といえるでしょう。国家を分断することで支持を得てきたトランプ大統領は、大統領になるずっと前からソーシャルメディア(SNS)を活用して、仮想敵をつくり、共感の基礎をつくってきました。

そもそもトランプ大統領という「政治家ではない大統領」が誕生したこと自体が、情報革命の産物といえるでしょう。情報に誰でも簡単にアクセスできたり、フェイクニュースで扇動できたり、匿名性を持ちながら告発できたりと、「情報の収集、発信が誰にでも瞬時にできる」という人類未体験の状態が現代社会なわけです。狼煙(のろし)や伝書鳩(でんしょばと)が最強兵器の一つだった時代を考えても、情報の威力は強大です。

僕は、人間は本能的に対立を求める存在だと考えています。変化を受け入れて合理的に全体の最適化を進めようとする動きが始まると、必ずこれまで通りの状況を維持しようと抵抗する勢力が現れます。今、そうした対立が社会のあらゆる場面で起きています。

「次世代が夢を持って進めるのはどちらか」

僕自身、国立競技場の建設や大学スポーツ協会(UNIVAS)の設立などに関わってそれを痛感させられました。欧米のスポーツの変革をよく知る立場から、日本もそれに追いつけるように変化させたいと考えて行動したのですが、残念ながら分厚い壁にはね返されてしまいました。もちろん、個人的には合理性を求め変化を促す側を支持しますが、これまで通りの状況を維持していくのが正しいという考え方もあるでしょう。それぞれの立場や事情があり、自分が正しいと決めつけることは傲慢です。ただ、「ことの正義」を判断する基準として、僕はこんな考えを持っています。それは、「これから未来を担っていく世代が夢を持って進んでいけるのはどちらなのか」ということです。

最近、僕の個人的な盟友で、このコラムにもたびたび登場してくれている皆川賢太郎氏が、全日本スキー連盟(SAJ)の理事の選任を否決されてしまいました。

スポーツの世界では、前述したように「現場での最適化」が常に先行します。それは競技自体がそもそも可視化されていて「それはおかしいだろう?」という場面を多くの人が実際に目撃するからです。さらにいえば、競技の多くは世界中で行われていて、最も成熟した地域に最も注目が集まり、多くの議論を経てルールの最適化が行われます。その結果を世界中が追随します。先述した野球の「コリジョンルール」などがその一例です。

一方で、SAJという競技運営団体の裏側でいったい何が起こっていたのか。それよりも、そもそもこの団体が何を目指し、どういう活動をしているのか、ほとんどの人は知らないことでしょう。ただ、そのような団体が、毎年数億円もの税金をもらって、誰もが目の当たりにし、熱狂するオリンピック選手を決めたり、その土壌となる競技の発展を担ったりしているのも事実なのです。

競技の最適化の流れと比べて、透明さに欠けるように見えるスポーツ団体の運営は、残念ながら分断と対立の歴史をたどってしまっています。振り返っても、SAJでは過去にも何度も内部対立が起きています。このほか日本ラクロス協会、日本フェンシング協会、日本ボクシング連盟、全日本テコンドー協会など、現場不在の閉ざされた組織内での「分断と対立」が生み出す悲劇は、枚挙にいとまがありません。個人的には皆川氏のスポーツ団体改革に大きな期待していただけに、本当に残念な気持ちになりました。

再び米国に目を移します。

今後、世の中がどんな流れになっていくのでしょうか。250年前に建国され、「実験国家」とも呼ばれている米国は、社会変化のトップランナーといえるでしょう。その国で、カマラ・ハリス氏という初のマイノリティーの女性副大統領が誕生しそうです。そんな実態をつぶさに見て、胸が熱くなる思いを持つのと同時に、女性の社会参画など、社会はまだまだ最適化の途中であることを痛感させられます。

それでもなお、今回の大統領選のように、あらゆるプロセスが可視化された状態を見ると、少し前に行われた日本の総裁選とどうしても比べたくなってしまいます。大統領制と議院内閣制、違いがあるのは当然としても、情報化が進んだ現代において、ここまで透明性がないリーダー選考のプロセスはいかがなものかと思ってしまいます。米大統領選が複雑だという人も多いですが、むしろ日本の総理大臣がどのようなプロセスで決まるかを「知らない」という日本人も多いのではないでしょうか。

そんな劇的な状況下で副大統領に就く見通しのハリス氏、彼女の溌剌(はつらつ)として美しさに満ちたスピーチを聞いて、「分断から融合へ」「最適化へ」の波は確実に近づいていることを確信しました。彼女は言いました。

「私は初の女性副大統領になるかもしれませんが、最後ではありません。すべての幼い女の子たち、今夜この場面を見て、わかったはずです。この国は可能性に満ちた国であると」

浦島太郎を読んでも

グリム童話を読んでも

スター・ウォーズを見ても

素直に正直に「正しく」生きること、それが簡単ではないことはよく分かります。大きな時代の流れのなかで「分断と融合」は揺れ動き、個人の中でも「善意と悪意」の心は揺れ動きます。ハリス氏のスピーチを聞き、大きな揺らぎの中においても、人類はまた一つの壁を乗り越えて、より正しい道に進んで行くように感じました。

「これから未来を担っていく世代が夢を持って進んでいけるのはどちらなのか」

「スポーツデモクラシー」と題したこのコラムも、若者に夢を与え、社会の最適化の一助になればうれしく思います。

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

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