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京都の道路、碁盤の目にズレ 都市整備にせめぎ合い

とことん調査隊

京都市営バスで烏丸通を南下していると、車体の傾きで「あ、丸太町通まで来たな」と感じることがある。京都の市街地をまっすぐ南北に走っているように見える烏丸通だが、丸太町通を境に北が、南よりも数メートル西にずれているためだ。京都の道は碁盤目状と思いきや、実際に歩いてみると通りのズレやゆがみが意外と多い。調べていくと、都市の再開発で国や寺の土地をどう扱うか、微妙なせめぎ合いがあったことが分かった。

まずは現場に行ってみよう。地下鉄丸太町駅で下車し、烏丸通と丸太町通の交差点を南西角から観察した。京都御苑の石垣に押し出されるようにして丸太町通以北の烏丸通が西側に数メートルずれ、ゆるやかにS字状にカーブしている。ズレ幅は2~3メートルほどだろうか。車道の白い破線もぐにゃりとゆがんでいる。

地図を見ると、烏丸通がゆがむ地点はもう1カ所ある。東本願寺の前だ。寺から遠ざかるように半月形に、ぐにゃりと曲がって門前町に食い込んでいる。寺の塀と烏丸通の間は緑地となっており、参拝客がぶらぶら歩いていた。

なぜ烏丸通はゆがんだのだろう。京都市役所が1914年に発行した「京都市三大事業誌」によると、明治時代末の道路の拡幅工事が原因らしい。市内に路面電車を走らせるため、当時5メートルしかなかった道幅を、軌道を敷設できる幅に広げた工事だ。

近代史が専門の京都薬科大学名誉教授、鈴木栄樹さんに詳しい話を聞きに行った。まずは1つ目のゆがみについてだ。烏丸通と丸太町通の交差点は、なぜずれているのか。「烏丸通の道幅を広げるには、東か西の土地を市が買い上げて更地にしなければならない。だが烏丸通は東側に京都御苑、西側に東本願寺がある。どちらの土地も削らないで済むように通りをずらしたのではないか」

府立京都学・歴彩館に足を運ぶと、当時の設計図面や市の決裁資料が残っていた。図面を見ると、丸太町通以北は通りの主に西側の土地が買い上げられており、丸太町通以南は主に東側が買い上げられている。確かにこれではズレは避けられない。では、東本願寺前の方はどうだろう。「寺側の嘆願で設計が変更された」と鈴木さん。当初寺の目の前に軌道を敷設する計画だったが、これを知った東本願寺側から「翌年に控えた親鸞の大遠忌には多くの門信徒が諸国から集まる。狭い歩道のすぐ脇を頻繁に電車が往来するのは危険だ」と嘆願があった。迂回のための土地と建設費は東本願寺が寄付するという条件で計画を変更する旨の市の書類が、歴彩館に残っている。

街づくりを推し進めるにあたって、どうしても削れない寺や国の土地をどう扱うか、せめぎ合いの妥協点が烏丸通のゆがみだった。工事に積極的な市の姿勢には、もう一つの事情も透けて見える。「当時の皇室典範では即位の礼は京都で行うという規定があった。京都駅と京都御苑をつなぐ烏丸通は行幸道に選ばれ、できるだけ早く整備せねばならなかった」(同)。国の威信を内外に示すため、烏丸通の工事は避けて通れなかった。

歴史ある建造物の数多い京都で大がかりな道路拡張工事が実施できたのは、人口増を見込んだ街づくりが求められたからだろう。翻って少子高齢化の現在、京都の街づくりのテーマは「歩くまち・京都」だ。目抜き通りの四条通では2015年、車線を半分に減らし、代わりに歩道幅を6メートル拡張。歩きやすさを前面に打ち出した。人口減の未来を見据え、より居心地のよい街をつくるにはどうすればよいか、京都は再び岐路に立たされている。

(山本紗世)

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