煮干しラーメンが進化・多彩に 厳選の首都圏新店2店

新型コロナウイルス禍のあおりを受け、順風満帆とは言いがたい状況で推移してきた2020年のラーメンシーン。それでも、歳月は過ぎゆくもの。年の瀬が近づくに当たり、徐々に「今年の傾向」というものが見えてきた。具体的には何か。それはズバリ、煮干しラーメンの多様化である。
煮干しラーメン自体は数年前に一世を風靡した。煮干しを大量に用いることで、スープがセメント色した「セメント系」などが人気を博したこともあった。そんな煮干しラーメンが今年は、食べ手のニーズに応える形で、より様々なタイプへと分化した年だったと言えるのではないだろうか。
そこで今回は、今年を象徴する煮干しラーメンの新店で東京と千葉にある2軒を厳選し、紹介しよう。1軒目の『中華そばふるいち』はスタンダードに寄り添った煮干しラーメン、2軒目の『麺や 空と大地』は、煮干しスープにトマトを寄り添わせた新機軸だ。皆さまにも是非、自分の舌に合った煮干しラーメンとの出合いを果たしてもらいたい。
◎中華そばふるいち(東京都羽村市)
〈多摩エリアに大型新店が誕生!癖になるスタンダードに秘められた無限大の可能性〉 東京・多摩地区の西部に位置する羽村市。立川、八王子両市のベッドタウンにもなっているが、都内の「市」を冠する自治体の中で羽村市は最も人口が少ない。その人口規模の割にはラーメン専門店が充実、優良店の割合も高いため、ラーメンマニア注目のエリアとなっている。 本年10月4日、そんな羽村市の最寄り駅、JR羽村駅から徒歩約5分の場所に1軒の新店が産声を上げた。それが、今回ご紹介する『中華そばふるいち』だ。 店を切り盛りするのは、古屋倫太郎店主。同氏は、東京・国分寺を拠点に、都内各地や大阪、韓国、ベトナム等に複数の店舗を構える、都内屈指の実力店のひとつ『ムタヒロ』グループの出身。 しかも古屋氏、単なる『ムタヒロ』の1スタッフだったわけではない。同グループの代表、牟田伸吾氏を長きにわたり支えてきた中心メンバーのひとりで、若手職人のエース級。本店、二号店、拝島駅店など、ムタヒログループの主要店舗の店長を歴任し、満を持して独立を果たした、多摩エリアのラーメンマニアの間では知る人ぞ知る存在になっている。『ふるいち』の屋号も、店主が修業先と相談して決めた。 店舗の外観も、スタイリッシュでセンスを感じさせる。と同時に、余計な装飾が徹底的に排され、実に機能的だ。白地に黒文字で『中華そばふるいち』と大書された看板の視認性は抜群。シルバーの格子模様を強調した外壁も、シンプルで無駄がない。
現在、同店が提供する麺メニューは「中華そば」「塩中華そば」「つけそば」「塩つけそば」「油そば」のレギュラー5種類。汁そば(ラーメン)、つけ麺、汁なしの王道3種を漏らさず用意し、食べ手の味覚の幅の広さに対応しようとする姿勢は、素直に称賛に値する。
3種類とも極めてハイレベルな内容に仕上がっているが、特にオススメしたいのは、店主が強く推す「中華そば」。古屋氏曰く「そこはかとなく突き抜けた、癖になる味わい」を目指した『中華そば』のスープは、鶏ガラ・豚ゲンコツ・煮干し・鯖(サバ)節・鰹(カツオ)節等のおなじみの素材に加え、牛骨から出汁(だし)を採ることで、華やかな香りと芳醇(ほうじゅん)なうま味を演出している。
また、煮干しは上質な出汁が大量に採れる「伊吹いりこ」のほか、数種類をバランス良くブレンド。定石的な工程にプラスアルファの工夫を施し、他店では類を見ない圧倒的な出汁感の演出にも成功している。

「老若男女が満遍なく共存する羽村市という土地柄を考慮し、最初は、食べ手を選ばないオーソドックスな中華そばを提供するつもりでした。が一方で、せっかくラーメンを出すのであれば、修業先で習得したノウハウを生かしたい気持ちもありました。2つの命題を共にクリアする1杯を開発すべく試行錯誤を繰り返した結果、顔立ちは正統派でありながら、個性に根差した引きの強さを兼ね備えたラーメンができました」
そんな店主の「正統から逸脱しない範囲で果敢に攻める」スタンスは、よくよく吟味すれば、1杯の随所に色濃く投影されている。箸で摘み口元に近づけた刹那、芳香が鼻腔(びくう)を心地良くくすぐるチャーシューは、厳選された国産豚を丹念につるし焼きにしたもの。
重厚な動物系のコクに支えられながら「伊吹いりこ」のうま味が舌上で無際限に広がり続けるスープも、新店離れした完成度の高さだ。スープ温度の低下や味覚の慣れによって、感じ取れる味わいが刻々と変化する「動的」な構成も、もちろん店主の計算ずくである。
このスープに合わせるのが、プルンとした麺肌が唇に優しい『新宿だるま製麺』謹製の平打ち中太麺。麺に含まれる水分量はやや多め。かすかに持たせた「縮れ」が、些かのやぼったさを醸し出しているが、この麺を用いることで、1杯の印象が絶妙に肩の力が抜けたものとなっている点も、店主の「作戦勝ち」と言っていい。
ワンポイントとして映える「の」の字が描かれたナルトも、クラシック感がそこはかとなく漂う。
「作りたいラーメンは他にも沢山ありますが、まずは、このラーメンを徹底的に磨き上げ、地元から支持される羽村の名物にしたいですね。次の展開は、それが実現した後に考えます」と古屋店主。
オープンしてまだ日が浅いにもかかわらず、想像以上に個性的な『ふるいち』の1杯に、無限大の可能性を感じた。これからも定期的にチェックしていきたい1軒だ。

〈煮干しに寄り添うトマトの甘みが胃袋を鷲づかみに!両者のマリアージュを堪能あれ〉
店舗の最寄り駅は京成本線八千代台駅。そこから歩いて5分ほどの場所にある。オープンは本年3月10日。線路沿いに店があるため、京成本線を日常的にご利用の方なら店舗外観くらいは目にしたことがあるかもしれない。
屋号の『空と大地』には、『空』を象徴する太陽の恵み「トマト」と、『大地』の恵みである「大豆」に対する店主、市川勇次氏の感謝の気持ちが込められている。基本メニューである「トマトラーメン」は、両者の恵みがフルに活かされた1杯だ。

煮干しと昆布の滋養味がたっぷり溶け出した、豊潤極まりない魚介出汁。その出汁にトマトソースを重ね合わせたスープは、ひと啜りで頬が落ちるほど、上質なうま味と甘みが食べ手の胃袋を鷲掴みにする。
もちろん、トマトソースは自家製。大量のホールトマトをベースに、トマトピューレ・ハーブ・塩を縦横無尽に駆使して、手間ひまかけて作られた結晶である。
味の軸を定めるタレは、コク深さを極限まで演出するため、醤油にカツオの和風味を溶け込ませた。「醤油の風味がスープ全体の印象を大きく左右する」として、醤油ダレは徹底的に作り込んである。「屋号の『大地』は、大豆へのリスペクトを込めたものですが、それは大豆が醤油の原料だからです」と市川店主。
店主イチオシのメニューは、基本メニューにチーズを加えた「チーズトマトラーメン」。スープに粘性を持たせるためにデフォルトで搭載される「粉チーズ」に、更にスライスチーズを豪快に盛り付けた、チーズonチーズな一品だ。

スープの熱によってスライスチーズが溶解し、溶けたチーズがクリーム色の奔流となってスープへと流出。そのチーズがネットリと麺に絡み付くサマは、目に映るだけで涎が出そうになるほど食欲をそそる光景だ。
トマト、チーズ、魚介、カエシのカルテットが奏でる味と香りのハーモニーに、しばし忘我の境地に陥ってしまった。「麺の風味も楽しんでもらいたい」と、薫り高い全粒粉麺を採用するなど、スープ以外の随所でもギミックが冴(さ)えわたる。トマトを効果的に咬ませた煮干しラーメン。ラーメンという食べ物が多様化の極致に達した2020年。こんな1杯も、大いにアリだろう。
(ラーメン官僚 田中一明)
1972年11月生まれ。高校在学中に初めてラーメン専門店を訪れ、ラーメンに魅せられる。大学在学中の1995年から、本格的な食べ歩きを開始。現在までに食べたラーメンの杯数は1万4000を超える。全国各地のラーメン事情に精通。ライフワークは隠れた名店の発掘。中央官庁に勤務している。
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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