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轟音・漆黒と一体 ダムタイプが圧巻新作パフォーマンス

文化の風

独自の音響設計など、ただの映像上映にとどまらない環境を構築した=井上 嘉和撮影

京都を拠点とするアーティスト集団、ダムタイプによる約18年ぶりの新作パフォーマンス「2020」の映像が10月中旬、ロームシアター京都(京都市)で上映された。3月に同ホールで予定していた上演が新型コロナウイルスの影響で中止。テクノロジーに強みを持つ集団らしく上映環境も独自に構築し、単なる記録にとどまらない迫力の映像を見せつけた。

ダンスに切れ味

無数の言葉が嵐のように舞う映像と、轟音(ごうおん)のごとき電子音が会場全体を満たす。ステージ中央に口を開けるのは約5メートル四方の正方形の漆黒の穴。その周囲を若手ダンサー、アオイヤマダが切れ味鋭く踊り、穴に身を投げ出すように吸い込まれていく――。身体の迫力と音響、映像、照明が一体となった圧巻のラストシーンだった。

このシーンのようなクールで洗練された表現と、コミカルさや人間臭さが混ざり合い、あるいは並列し「まばたきによるコミュニケーション装置」といった「ポストヒューマン的」なアイデアも垣間見えた今作。

1980年代に演劇からスタートし、セクシャリティーやジェンダーなど社会への強烈な問いを投げかけたパフォーマンス「S/N」などを経て、高谷史郎らを中心にメディアアート色を強めたダムタイプ。その最新作は題材、手法、メンバーの顔ぶれも変化させてきた歴史を概観するような作品であり、批評家の浅田彰は「パフォーマンスでは(そうした歩みが)折り返されたりループしたりして、ひとつの集大成」になっていたとみる。

上映にあたってはステレオ収録の音声をサラウンド音響で全方位から響かせるなど、会場でしか体感できない環境を構築した。「ダムタイプが重視しているのは生の上演でなければ感じられないパフォーマーの『念』でも、単なる『情報』でもない。そのはざま。映像との相性は悪くなかった」と高谷。

新たな世代参加

従来と違ったのは80、90年代から活動してきたメンバーに続く世代のアーティストが参加したこと。プログラミングなどが専門の濱哲史は「自分の専門性を持ち込むのではなく、素人になってイメージやアイデアを出すことが大事だった」と振り返る。20人近い参加メンバーから出された膨大なアイデアを1年半以上、徹底したコミュニケーションで練り上げた。

「ソロワークではコンセプトを磨き上げた作品の『速さ』を持つアーティストが集まり、あえて膨大な時間と手間をかけて『遅延』の感覚を持ち込む。これができるアーティストはダムタイプ以外にない」。美術評論家の建畠晢は話す。

事実かどうかを重視しない「ポストトゥルース」、インターネットに氾濫する言葉、言葉の先にある極限のコミュニケーション、その他多岐にわたる現代のイメージを重層的に提示し、観客に投げかけた。集大成のように見えつつまぎれもなく最新型の作品だった。

「デジタルと身体の融合」「ヒエラルキーのないコレクティブ的集団の先駆」。ダムタイプは様々に形容されながら、一つのイメージに固定されることを拒否し時と共に変幻自在に形を変えてきた。

同様に今作も一つの結論としてではなくイメージやアイデアが個々の観客の中に無数に生成されるプロセスとして提示され、解釈や理解を広く開いた作品と言えるだろう。

ダムタイプの作品は上演を重ねながら、コンセプトや表現が磨かれる例も多かった。再上演などの予定はないというが、さらなる作品の深化をも期待させる上映だった。

(佐藤洋輔)

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