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イルミネーション、関西と深い縁 大阪・神戸から全国へ

とことん調査隊

街中を歩いていると、輝くイルミネーションを見かけるようになった。冬の風景として定着し、全国の夜を彩っている。関西では大阪・御堂筋など府内各地を会場にした「大阪・光の饗宴(きょうえん)」や、神戸市で開かれる神戸ルミナリエなどがある。歴史を振り返ると、関西との深い関わりが見えてきた。

明治時代、アーク灯が一部の街路を照らすようになっていた。米国の発明王、トーマス・エジソンが1880年代に京都の竹を使い白熱電球を実用化。電球の商業利用がしやすくなり、誕生して間もない電力会社が普及に一役買った。

建物を電球で飾った日本初の本格的なイルミネーションとなったのが、大阪で1903年に開かれた内国勧業博覧会だ。場内の建物が4000個以上の電球で彩られ、正門では電飾文字が点滅、噴水は5色に輝いた。電気を活用した娯楽に接する珍しい機会となり、大勢の観客を集めた。大阪府立大学の橋爪紳也教授は「イルミネーションという言葉が日本語として普及するきっかけとなった」と話す。

内国勧業博覧会のイルミネーションを手掛けた大阪電灯(現・関西電力)に勤めていた松下幸之助は12年、堺の海水浴場に広告宣伝用のイルミネーションを設置する工事に関わった。これを機に海水浴場の知名度が向上。松下が宣伝広告に興味を持つ一因になったとされる。松下電器産業(現・パナソニック)の創業後には自ら宣伝部長を務めた。

イルミネーションは時代を経て一般での装飾から都市部のデパートなどに広がった。札幌市では81年にさっぽろホワイトイルミネーションが始まった。観光集客を狙うイルミネーションイベントの先駆けだった。

95年には阪神大震災の犠牲者の鎮魂と復興の希望を託した神戸ルミナリエが始まった。夜景評論家の丸々もとおさんは「特定の公園内や道沿いにとどまらず、まち歩きを促す仕組みが新しかった」と話す。ルミナリエでは装飾されたゲートをくぐる。道沿いの樹木などにある電飾を見ることが中心のほかのイルミネーションイベントにない仕組みだった。

ルミナリエは全国的な話題となり、西日本各地にイルミネーションイベントが広がるけん引役を果たした。「2010年代まで関東に比べ関西が目立つ西高東低だった」(丸々さん)

大阪では09年度、大阪市内を南北に走る御堂筋でイルミネーションイベントがスタート。14年度には最も多く街路樹にイルミネーションを施した通りとしてギネス世界記録に認定された。イベントは御堂筋を含む府内各地に開催地域が広がった光の饗宴に発展。来場者数は19年度が2020万人、経済効果は1050億円と初年度に比べそれぞれ4倍弱に拡大した。

音と連動・IT駆使で進化

イルミネーションの見せ方も進化した。00年代以降、電球から発光ダイオード(LED)に切り替わっていった。省電力で寿命が長い利点がある。音楽にあわせて光を調整して見せるイルミネーションショーも広がった。人の動きによって輝きが変わるなど体験型の表現もなされている。

今冬は新型コロナウイルスの影響で一部のイルミネーションは中止が決まった。ただ規模を縮小するなど感染対策をしたうえで実施する地域は多そうだ。ジョルダンの調べでは、関西では中止は10件以下にとどまる。神戸市では神戸イルミナージュが予定通り始まった。

大阪の光の饗宴は3日に始まった。コロナ禍でも明るく元気になるようにとテーマを希望の光とした。オンラインでのバーチャルツアーも初めて実施する。イルミネーションはIT(情報技術)を活用し新たな進化を遂げようとしている。(皆上晃一)

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