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高まるロシアの軍事的脅威(The Economist)

The Economist

冷戦期に威容を誇ったロシア軍はソ連崩壊後は悲惨な状態だった。モスクワのバス運転手の方が戦闘機のパイロットより高い給料をもらい、飢えた兵士は木の実やきのこなどの食料探しに駆り出された。(幹部の)腐敗もまん延していた。ある将官は、ドイツの飛行場で自動車とジェット機がスピードを競う違法なドラッグレースにロシアのミグ29戦闘機を貸し出した罪で起訴された。

ロシア軍は多額の資金を投じて軍備を増強させている(6月にモスクワで開いた軍事パレード)=ロイター

軍事費は13年で倍増

1994年には当時の国防相が「我が軍ほど悲惨な状態にある軍隊は世界中どこにもない」と嘆いた。だが、ロシア軍ほど劇的な復活を遂げた軍隊は歴史上ほとんどない。2008年夏のジョージア(グルジア)紛争で(軍備などの劣悪さから)失態をさらしたロシア軍は、その反省からあらゆる面で変貌を遂げた。

その第一歩は予算の拡大だった。軍事支出は購買力平価ベースでみると05年から18年までの間にほぼ倍増している。米シンクタンク、海軍分析センターのマイケル・コフマン氏によると、ロシアの年間軍事支出は1500億~1800億ドル(約16兆~19兆円)規模とみられる。これは英国の国防費の約3倍にあたる。

予算の多くは装備に使われている。英バーミンガム大のジュリアン・クーパー氏は、ロシア軍がこの10年間で航空機約600機、ヘリコプター約840機、ドローン約2300機を新たに購入したと推計している。英シンクタンクの国際戦略研究所(IISS)が9月に発表した研究報告によると、07年にはロシア軍が保有する装甲車の99%が30年以上前に導入された旧式だったが、現在では27%が最新式という。戦闘機は07年に97%が旧式だったが、現在は71%が最新式になっている。

欧州全域を射程に

重点的に予算を投じたのは、地上発射型短距離弾道ミサイル「イスカンデル」や水上発射型巡航ミサイル「カリブル」、空対地長距離巡航ミサイル「Kh-101」などの精密誘導ミサイルで、これにより欧州のほぼ全域を射程におさめた。カスピ海のロシア戦艦がシリア国内の標的を正確に攻撃できるというのは10年前には完全にフィクションの話だったが「今や現実となった」(モスクワの世界経済国際関係研究所のドミトリー・ステファノビッチ氏)

欧州で戦争が起きた場合、ロシアはこうしたミサイルを使うことで欧州側の前線からはるか後方の地上にある民間のインフラや軍事施設に脅威を与えられる。例えば(バルト3国の)エストニアの首都タリンを巡る紛争でも、ライン川より西の地域にまで戦火を広げることが可能になる。

ロシアの最終目的は、もともとソ連で構想された「偵察・攻撃複合体」と呼ばれる精密誘導兵器を備えることだ。これは、地上の車両や空中のドローン、宇宙空間の人工衛星、敵の無線信号の傍受機など、偵察を担う「センサー」から得られる情報を収集・処理し、リアルタイムで攻撃を担う「撃ち手」に転送して攻撃するシステムだ。

あらゆるセンサーから撃ち手へ標的の情報を転送することが可能で、本部で設定する標的の優先順位に基づき最速で数分以内に攻撃する。ロシアはこの野心的な分野で米国に後れをとっており、中国にも水をあけられているとみられる。ただ、イスラエルのIDCヘルツリーヤ大学のディマ・アダムスキー教授によると近年「(ロシアにも)大躍進があった」という。

ロシア軍は機動力も高めた。即応能力の向上によって、現在は10万人の部隊を重装備で欧州の紛争地帯に30日以内に配備できるとみられる。北大西洋条約機構(NATO)には同じ日数でこの半数を軽装備でかき集めることすら難しいかもしれない。ロシアでは約5千人の空挺(くうてい)部隊が2時間以内に出動できる態勢にあるという。

兵士は大規模軍事演習を通じて戦闘態勢を整えている。最近ではロシア南西部で8万人が参加した軍事演習「カフカス2020」が9月26日まで実施されていた。ジム・ホッケンハル英国防情報長官は「ロシアは物量のかわりにスピードを得た」と指摘する。

実戦経験で将兵の練度も向上

ロシア軍には実戦経験が豊富という強みもある。ロシアと中国は保有する兵器は同程度かもしれないが、訓練と実戦経験に基づく兵力の質には「雲泥の差がある」(コフマン氏)。例えばウクライナでは、装甲部隊による戦闘と砲撃戦を展開し、サイバー攻撃やドローンを使って標的情報を攻撃兵器に転送する実験の機会を得た。6万3千人を超えるロシア兵が派遣されたシリアは、精密攻撃や、敵機ドローン集団に対する防空、無人車両の試験場になった。

アダムスキー氏によると、シリアに駐留したロシア軍将校らは、ソ連時代の遺物である融通のきかないトップダウンの指揮系統に見切りをつけ、下級将校らに自主的に考えて行動する余地を与える「委託型指揮」を採用した兆候すら見られたという。同氏は「これはロシアの軍事的伝統からの大いなる決別になる」と指摘する。

もちろん、すべての問題が解決したわけではない。元軍人で現在は軍事専門誌の編集長を務めるビクトル・ムラホフスキー氏によると、ロシア軍は軍艦建造のペースが遅く、長距離飛行できるドローンの開発ではライバルの後じんを拝しているという。新型戦車T-14「アルマータ」や次世代戦闘機Su-57、最新鋭の潜水艦などは配備が遅れている。ロシアの偵察衛星は長年の間に老朽化し、数も減っている。近代化しようにも西側の経済制裁でままならない。コフマン氏が最大の問題と指摘するのは軍事産業の生産能力の不足だ。熟練した人材や工作機械、部品も足りていない。

長期戦には難も

装備を固めたしわ寄せが人的資産に及んでいるのも明らかだ。飢えた兵士はさすがにいなくなったが、給料はさほど高くない。ムラホフスキー氏によると、20代の熟練した戦車指揮官の月収は平時で4万3千ルーブル(約5万7千円)程度で全国平均より少ない。現在でも陸上部隊の55%を占める徴集兵の士気は低く、徴兵期間が短いため戦闘での有用性にも限界がある。戦闘機を貸し出すような事件は過去のものになったが、昨年だけで2800人の将校が汚職で起訴された。横領された額は合計で約9千万ドルにのぼる。

軍の再生が進んでも(ロシアの指導部に)心の平安はもたらされていない。IISSの研究報告では、NATOとの戦争が起きた場合にロシアは「限られた期間であれば通常兵器で優勢になる」が、戦闘が長引けば劣勢になると結論づけている。このためロシアのプーチン大統領は近年、戦闘が長引くことがないように様々な策を講じている。

核戦力に巨額の予算をつぎ込み、極超音速グライダー型ミサイルや、放射性物質で沿岸一帯を汚染するための魚雷、地球を半永久的に周回できる原子力巡航ミサイルなど、身の毛もよだつような兵器の開発を次々と明らかにしてきた。こうした軍事力の強化によって核兵器を必要とする事態にはならないというのがロシア軍上層部の考えだ。

NATOはバルト3国へのロシアの脅威への対応と、週や月単位の時間軸での戦力強化に重点を置いてきた。つまり、ロシアの新しい軍事力がより短期間かつ急速に、より広範囲にわたって使われる脅威を過小評価してきた。NATOの戦略立案者と加盟各国の軍事予算を決定する政治家は、この新たな脅威を踏まえて戦略と予算を見直す必要がある。

(c)2020 The Economist Newspaper Limited. November 7, 2020 All rights reserved.

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