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データと向き合う サイ・ヤング賞候補の取り組み

スポーツライター 丹羽政善

現地11日に今年のサイ・ヤング賞投手が発表される。ア・リーグは、前田健太(ツインズ)もファイナリストの3人に入ったが、勝利数、奪三振、防御率のいわゆる投手三冠を獲得したシェーン・ビーバー(インディアンズ)の圧勝が予想されている。

一方、ナ・リーグはまれに見る混戦。トレバー・バウアー(レッズ)、ダルビッシュ有(カブス)、ジェイコブ・デグロム(メッツ)の3人がファイナリストとして残ったが、実質的にはバウアーとダルビッシュの一騎打ちとみられている。わずかにバウアー有利とも報じられているが、果たしてどうか。

ナ・リーグのサイ・ヤング賞はバウアーがわずかに有利と報じられている=共同

その予想は他に譲るが、ビーバーとバウアーは昨年夏までインディアンズでチームメート。ビーバーは、バウアーのデータを活用した取り組みに刺激を受け、アドバイスを実践した結果、昨年、今年と飛躍を遂げた経緯がある。

ではいったい、彼らはどうデータと向き合ってきたのか。今回、その一端を紹介していきたい。

バウアーが行っている科学的なアプローチについてはこれまで、度々触れてきた。昨年、彼が1週間ほど来日したときには、ほとんどの時間を一緒に過ごし、1月にはさらに1週間、シアトル郊外にあるドライブライン・ベースボールでの自主トレに密着。そうした多くの時間を通して学んだのが、ピッチデザインという概念だった。

ピッチデザインというのは彼の造語で、例えば、フォーシームファストボール(4シーム)の被打率が高い。もっと空振りを取れるような球質にしたい――というときに、データやハイスピードカメラを利用して回転軸などを変え、イメージした軌道に近づけていく作業を、彼はそう定義している。スライダーの軌道をもっと横に曲がるようにしたい、いや、落としたい――というときも同様だ。

10年前にはできなったが、軌道データを弾き出す計測機器の進化などによりその道が開け、1秒間で最高5000コマ以上の撮影が可能なエッジャートロニックという超ハイスピードカメラとの組み合わせにより、それが可能であることを誰よりも早く実践して見せたのがバウアーだった。

チームメートの球種をコピー

試みたのは2017年のオフのこと。彼は自身の変化量の小さいスライダーの軌道を変えようと考えた。意識したのはチームメートだったコーリー・クルーバー(インディアンズ→レンジャーズ)のスライダー。スラーブとも単純にカーブとも呼ばれているが、いずれにしても横への変化量が大きいのが特徴で、バウアーはそこへ寄せていこう――いや、完全コピーを目指した。

バウアーのチームメートだったクルーバー=AP

その過程を紹介すると、まずはクルーバーのスライダーの回転数、縦の変化量、横の変化量、回転効率などを計算。これは15年に「Statcast(スタットキャスト)」という動作解析システムが大リーグに導入されたことで容易になった。次に自分のデータと比較し、どこをどう変えれば、クルーバーのデータに近づけられるかを分析する。

以下が、クルーバーと改良前のバウアーのスライダーのデータだ。

これを見れば、球速や回転数は大きく変わらないものの、縦横の変化量、回転をどれだけ効果的にボールに伝えているかを示す回転効率でも差がある。

では、どう修正していくのか。今はもうある程度ノウハウがあるが、当時は手探り。握りを変えると、回転方向が何度変わるのか。その場合、回転軸がどう変わり、縦横の変化量はどうなるのか? リリースポイントを少し下げたらどうなる? 上げたらどうなる? リリース時の手首の角度を変えると、回転軸はどうなる? バウアーは自分が実験台となり、1球ごとにデータを計測。同時に全ての球をエッジャートロニックカメラで記録し、狙い通りのデータが出たときの投げ方を確認。あとは、それを体が覚えるまで投げ込んだ。

そうして積み上げたのが以下の数値だ。

これだけでは分かりにくいので、今回、初の試みとして3つの軌道データをCGで再現してみた。左から順にクルーバーのスライダー(17年)、バウアーのスライダー(17年)、バウアーのスライダー(18年)である。

※CGは、シアトル郊外にある「ドライブライン・ベースボール」が提供している「EDGE」というオープンソースのソフトを使用。作成にあたっては事前に使用許可を取った。球速、変化量、回転数に関しては、大リーグが提供しているStatcastのデータをbaseballsavant.comから抽出。回転効率に関してはイリノイ大のアラン・ネイサン教授の論文「Determining the 3D Spin Axis from Statcast Data」を参考にした。

狙い通りのスライダーを得て飛躍

これを見ると、クルーバーのスライダー(17年)とバウアーのスライダー(18年)が、似たような軌道となり、回転軸もほぼ一致していることが分かる。

狙い通りのスライダーを得たバウアーは18年、途中までサイ・ヤング賞を獲るのでは、というピッチングを続けていたが、8月にライナーを右足首に受けて骨折。1カ月以上の離脱を余儀なくされて同賞を逃すことになったが、彼の取り組みは耳目を集めることになった。

さて、その年の5月にメジャーへ昇格したビーバーは、いきなり11勝を挙げたものの、防御率は4.55と平凡。投球に占める4シーム(本人いわく、握りはツーシームファストボール=2シーム)の比率が57.2%と高かったが、その頼りにしている球種の被打率が.310と高く、先々を考えると、球質、配球の見直しが避けられなかった。そんなとき、バウアーからこう助言されたという。

「いいナックルカーブがあるのだから、もっと投げるべき。あと、真っすぐの軌道も修正が必要だ」

まさに考えていたことであり、ポイントについてもアドバイスされた。

まずは真っすぐの握りを2シームから通常の4シームに変更し、回転軸を意識しながら縦の変化量が大きくなるよう試みた。ナックルカーブも回転効率をデータで確認しながら、回転を無駄にしないリリースのタイミングを模索した。

結果、ナックルカーブが納得のいく軌道となったのは今年から。去年と比較すると回転効率が37%から66%に向上し、より鋭く曲がり落ちるようになった。それをCGで再現したのが以下のCGである。左(黄色)が昨年、右側(緑)が今年の軌道だが(色分けするため、便宜上、昨年のナックルカーブをカーブとした)、回転軸も変化し、今年の方が、曲がり幅が大きくなっていることがわかる。

4シームは当初、グリップを変えたものの、なぜかなかなか軌道が変わらなかった。しかし、今年の後半になってようやく縦の変化量がそれまでより7.62センチほどアップした。それを再現したのが以下のCGである。左側が18年の軌道で、右側が今年の軌道だが、今年の方が大きな伸びを示している。

空振りを取れる球質に変貌

この効果は如実に現れ、ビーバーは今年、4シームで相手が振って空振りを取った率が25.7%で過去最高。8月31日以降は33.3%だった。ビーバーの4シームは空振りを取れる球質に変貌を遂げ、8月31日以降は、4シームで三振を奪った割合が48.9%に達した。

こうした彼らのような取り組みというのは日本でも始まっているが、そのコンセプトをここまで進化、定着させたバウアーとビーバーが、それぞれサイ・ヤング賞を獲得するなら、ますます認知度が高まり、時代の流れを象徴するムーブメントとなりうる。

バウアーも言っていた。

「サイ・ヤング賞を取れたら、それは自分がやってきたこと、その方向性が間違っていなかったことの証明になる。その意味でも意義は大きいし、それが若い世代の選手たちのロードマップとなっていくとしたら、誇りに思う」

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