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ラグビーW杯閉幕から1年 元幹部が語る後世への知見

釜石鵜住居復興スタジアムでラグビーW杯開催1年を記念し行われた、釜石シーウェイブスとトップリーグのクボタの試合=共同

昨年のラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会の閉幕から1年が過ぎた。「歴史的な盛り上がりとなった大会からはスポーツ界に引き継ぐべき経験が多い」。そう提言するのは大会組織委員会の元幹部で、サッカーW杯日韓大会など数々の国際スポーツイベントに関わってきた鶴田友晴氏である。

電通出身で70歳の鶴田氏は、過去に2桁を数える国際スポーツイベントに携わってきた。特に、2002年のサッカーW杯日韓大会、07年の世界陸上大阪大会では運営団体の幹部を務め、ラグビーW杯でも組織委の事務総長代理としてビジネス面を統括した。

ラグビーW杯組織委で幹部を務めた鶴田友晴氏

「過去に日本で開かれたスポーツイベントで、本当に国中が熱狂したのはサッカーW杯とラグビーW杯だけではないか」と鶴田氏は言う。「1都市開催の五輪と違って両大会は全国各地が会場になった。キャンプ地も含めた全国の街の人たちが大会を盛り上げようと努力した」。特に、ラグビーW杯は184万枚というチケット販売数やテレビ視聴率などあらゆる指標で日本のスポーツ界に残る成功を収めた。

「スポーツ団体やこれからスポーツビジネスを目指す人のため、ラグビーW杯が他のスポーツイベントとどう違ったのかを課題も含めてしっかり残しておきたかった」。9月に著書「国際スポーツイベント 成功の舞台裏」を出版した。組織委も大会運営の課題を詳細に記した報告書を残したが、「公式記録だからどうしても書けなかったところがあった。著書ではそうした点もできる限り書いた」。特に、スポンサー収入や放映権収入、想定外の追加費用などお金にまつわる数字や、今後の教訓などの記述を充実させたことが特徴だ。

鶴田氏が9月に出版した著書

国際スポーツイベントの運営でまず重要なのが「ホストユニオンアグリーメント(開催契約書)」と呼ばれる文書だと強調する。日本の競技団体が国際統括団体に対し、運営や財務面などの条件を約束するものだ。

しかし、開催契約書は「ほとんどの場合、"奴隷契約"と言いたくなるぐらい、主催者である国際スポーツ団体に有利に書かれている」と著書で指摘する。競技団体は変に注文を付けて開催権を召し上げられたくない。膨大な文書の中の一文が後々にもたらす影響を予測することも簡単ではない。競技団体はどうしても国際統括団体の文書を丸のみすることが多くなってしまう。

今大会の場合はワールドラグビー(WR)が09年に日本開催を決めた際、日本ラグビー協会が開催契約書にサインした。サッカーW杯などより国際統括団体の権限が強い内容だったため、運営の大きな制約となった。

「特に、組織委の組織編成や幹部人事までWRの承認を得なければならない規定になっていたことは大きな問題だった」。局長級の幹部を名指しで更迭するよう指示されるなど人事への介入はあつれきを生んだ。

グレーゾーン多く解釈一つでどうとでも

「ホストユニオンアグリーメントはとにかくグレーゾーンが多い。解釈一つでどうとでもなるように書かれている」とも話す。WRは自分たちの利益を最大化するように要求してくるため、組織委にとっては費用増大の原因にもなった。

例えば、決勝の会場となった横浜国際総合競技場ではスポンサーなどをもてなすための仮設施設の設置に約10億円掛かった。各試合会場に敷設した予備の光ファイバーは10億円、テレビ放送用の予備電源にも25億円が必要だった。

こうした仮設設備のほとんどは維持費がかさむため、大会後に撤去された。組織委には「どうせ取り壊すのだから安上がりでいい」「WRの収入を確保するための投資なのだから費用もWRが負担すべきだ」という意見もあったが、WRの強圧にはあらがえなかった。

ただ、WRが守銭奴だということではないという。「FIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)と比べ、WRはお金がない。(競技普及などのために各国の協会に渡す)4年分の資金をW杯だけで稼ぐ必要がある。彼らには彼らなりの論理があることを日本側がもっと理解して、早い段階から調整することが必要だった」と振り返る。

歴史的な盛り上がりとなったラグビーW杯日本大会からはスポーツ界に引き継ぐべき経験が多い

解決策の一つとして、「過去の国際大会を参考にホストユニオンアグリーメントのひな型をつくり、各競技で共有できるようにした方がいい」と話す。国際統括団体から示された文書とひな型を照らし合わせれば、サインをする前にいきすぎた要求を見つけることもできる。

「日本のスポーツ界は国際大会の運営の知見を持つ人が限られていることも課題」。2つのW杯や来年の東京五輪では多くの職員が官庁、自治体などからの出向者だった。大会が終われば元の職場に戻るため、知見がなかなか蓄積されない。「スポーツ界として戦略的に人材を育てていく必要がある」

公的資金投入のルール決めておく必要

公的なお金の投入のあり方も考えるべきテーマだという。サッカーW杯、ラグビーW杯では、協賛宝くじの収益金や自治体の分担金など100億円以上の公的資金が使われた。スタジアムの設備が欧米と比べて劣悪な日本では仮設施設に費用が掛かるため、民間資金だけでの開催は簡単ではない。「ただ、どの規模の大会にどれくらいの公的資金の投入を認めるのかのルールを決めておくことは必要ではないか」と指摘する。

こうした問題を一括して解決するため、著書の中で、国際大会の招致を統括する公的な機関の設立を提案している。「各競技でバラバラに行っている招致計画を国として戦略的に実行することができればいい。公的な資金の負担のあり方も含めて専門家が入って進めるべきだ」。1年後には東京五輪・パラリンピックも終わっている。国際スポーツイベントの招致、運営のあり方をもう一度考え直す好機になるだろう。

(谷口誠)

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