米デジタル決済の覇者へ PayPalとSquareが普及競争 - 日本経済新聞
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米デジタル決済の覇者へ PayPalとSquareが普及競争

新型コロナウイルスの感染拡大などを背景に、現金を使わずにすむデジタル決済を利用する動きが加速している。伝統的にクレジットカードの利用が多かった北米でも、米決済大手ペイパルの「ベンモ(Venmo)」とスクエアの「キャッシュアップ(Cash App)」の2大モバイル決済の利用者が急増している。銀行決済に代わる存在になるべく機能の拡充を競っているほか、最近は暗号資産(仮想通貨)ビジネスでも対決色を強めている両社の戦略を詳細に分析した。

デジタルウォレットは世界各国で選ばれる決済手段になりつつある。

現時点で最も普及しているのはアジアだ。例えば、中国ではアリババ集団系の「支付宝(アリペイ)」と騰訊控股(テンセント)の「微信支付(ウィーチャットペイ)」が市場を独占し、デジタルウォレットはPOS(販売時点情報管理)での決済の48%を占めている。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しています。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週2回掲載しています。

北米ではクレジットカードが引き続き優位に立っており、モバイルウォレットの普及率ははるかに低い。モバイルウォレットはPOSでの決済の6%にとどまるのに対し、クレジットカードは40%に上る。

もっとも、オンラインではデジタルウォレットの勢いは増している。決済サービス大手のワールドペイによると、2023年には電子商取引(EC)決済に占めるデジタルウォレットの割合は36%強になり、クレジットカードを上回る見通しだ。

米決済大手ペイパルの「ベンモ」と同スクエアの「キャッシュアップ」は、米国の2大モバイル金融アプリとしてこの好機を生かせる好位置に付けている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴い非接触のキャッシュレス決済には追い風が吹いており、キャッシュアップの利用者は1年前から59%、ベンモは26%それぞれ増えた。

20年4~6月期のペイパルとスクエアの決算はデジタルウォレットの伸びがけん引し、共に過去最高を記録した。今回のリポートでは米決済手段の覇権を狙う両社の戦略に注目する。

ペイパル、ベンモの収益化に注力

▽ベンモの利用を増やすため、機能を追加

ペイパルによる決済事業の収益向上戦略――EC決済でのプレゼンス拡大、実店舗でのサービス導入の推進、クレジットカード発行によるデジタルサービスの定着度向上――はベンモの収益化を多方面から支える可能性がある。もっとも、ペイパルは競合のスクエアとは違いその過程でネオバンクを築くのではなく、オンラインやECに力を入れている。今後の成長はベンモがオンラインでの利用を拡大し、カードによりオフラインで新たな収入を得られるかどうかに左右される。

ペイパルは12年、ベンモを米オンライン決済ブレインツリーからわずか2600万ドルで買収した。ベンモはペイパル傘下で巨大なモバイル決済資産へと変貌を遂げ、総決済額(TPV)は20年4~6月期だけで370億ドルに上った。この数値は前年同期比52%増で、ペイパルが過去最高益を達成した主な要因となった。ペイパルのダン・シュルマン最高経営責任者(CEO)は19年4~6月期、ベンモの19年通年の売上高は3億ドルに達するとの見通しを示したが、この数字も同様に伸びている可能性が高い。

ベンモの利用者もこの1年で6000万人を突破した。これはキャッシュアップの月間アクティブユーザーの約2倍にあたる。

ペイパルがベンモに改めて力を入れているのは、20年の決算発表でベンモへの言及回数が増えていることに示されている。もっとも、ペイパルがベンモに言及した回数はスクエアがキャッシュアップに言及した回数よりも少ない。

ペイパルは収益化を加速するため、ベンモの機能を増やしている。ジョン・レイニー最高財務責任者(CFO)は最近の決算発表で、20年4~6月期のベンモの収益は過去最高の水準に達したと述べ、ベンモの戦略について触れた。

「収益化戦略は1つだけではない。利用を増やすための口座振込、個人や個人事業主が物品販売やサービス提供の代金を受け取れる『ビジネスプロフィル』サービス、QRコード決済など多面的だ。今年はついにクレジットカードを発行するほか、ECでの『ベンモ払い』の取り組みも続ける」

ベンモは既にマスターカードブランドのデビットカードを提供しているが、20年10月に初のクレジットカードも発行した。このカードは年会費無料で、利用額が多かったカテゴリー(例えば食料品や水道光熱費など)に最大3%のキャッシュバックを提供する。カードの表面のQRコードに個人の利用履歴などが記録されている。

一方、ベンモのダレル・エッシュ上席副社長兼ゼネラル・マネジャーは、QRコード決済に力を入れるのは、ベンモを友人間の精算アプリから、店頭のレジで使われる決済手段にするためだと語った。クレジットカードのサービスはアップルの独自のクレジットカード「アップルカード」と似ており、キャッシュバックや個人資産管理(PFM)ツールなどがある。

ペイパルは7月、ベンモでの「ビジネスプロフィル」の試験運用も始めた。このサービスを使い、零細事業者らはソーシャルフィードやプラットフォームで存在感を築くことができる。さらにペイパルは10月、暗号資産(仮想通貨)の取り扱いを21年初めに開始し、21年1~6月期にはこの機能をベンモにも拡大すると発表した。既に暗号資産に対応しているスクエアに追随する動きとなる。

▽ペイパル、さらなる成長に向けM&Aと若者に注目

ペイパルは昨年、世界(中国を除く)のEC決済の約3割を処理した。だが、加盟店のサイトに決済機能を埋め込む同社のサービスは攻勢にさらされている。例えば、米フェイスブック、米アマゾン・ドット・コム、米アップル、米グーグルの巨大テック企業はペイパルと同じ加盟店にサービスを提供しようとしている。

そこでペイパルはシェアを守るため、年間30億ドルもの予算を割り当てて大型M&A(合併・買収)戦略にかじを切り、ECやロイヤルティー関連企業の買収を増やしている。19年末に消費者の行動分析を手がけるハニー・サイエンス・コーポレーションを40億ドルで買収したのが最大の案件だ。

こうした買収が奏功し、ペイパルはシェアを維持している。だが同社の成長戦略にとってさらに重要なのは、次世代の顧客を取り込むことだ。ペイパルはECを支援し、ECの決済完了率を高めたいと考えている。ベンモの利用者にはミレニアル層が多く、これを実現できる可能性がある。

ベンモの決済の大半は個人間送金で、銀行口座への即時送金サービス「インスタント・トランスファー」以外では手数料はほとんどかからない。なお、インスタント・トランスファーの手数料は現在1%、最大10ドルである。ペイパルは17年、ペイパルの決済ボタンと並んでベンモの決済ボタンの提供にも乗り出した。ベンモの利用者はペイパルを頻繁に使わず、ペイパルの利用者もベンモを頻繁に使わないかもしれないが、ECで同社の決済が使われる可能性を高める。

スクエアの「キャッシュアップ」、銀行口座の代わりになることでベンモを追撃

▽スクエア、顧客獲得コストを抑えるためにバイラルマーケティングに着手

キャッシュアップは銀行口座に代わる一連の金融サービスを提供しようとしている。従来のデジタルウォレット機能に加え、今では株や暗号資産「ビットコイン」も購入できるようになった。だが、これはほんの序の口だ。

キャッシュアップは1つのアプリで様々な銀行や決済のサービスを提供する「ワンストップ」アプリになりつつある。20年4~6月期の粗利益は2億8100万ドルで、6月時点での月間アクティブユーザーは計3000万人と19年末から20%増えた。

キャッシュアップを成功に導いた重要なツールは、口コミを活用してサービスを拡大する「バイラル」キャンペーンだ。大勢のヒップホップアーティストにヒット曲でキャッシュアップに言及してもらい、アーティストがキャッシュアップでファンに最高100万ドルの賞金を提供するソーシャルメディアを使った風変わりなキャンペーンを指揮した。

ブランド認知度が上がったことで、顧客獲得コストは下がった。消費者向けフィンテックは顧客獲得コストが高いことで知られる。モバイル融資アプリは通常、利用者のアクティベーション(サービス起動)1件ごとに約45ドルを支払い、一部の銀行は利用者1人につき350~1500ドルも費やす。一方、スクエアのキャンペーンでは米国人ラッパー、トラビス・スコットの「10万ドル提供キャンペーン」の応募者12万人の契約率が5%だとすると、顧客獲得コストは20ドルにとどまった。

スクエアのアムリタ・アフジャCFOが20年4~6月期の決算発表で述べたように、この顧客獲得コストの低さがキャッシュアップの成長のカギとなっている。

「(キャッシュアップの)ネットワーク効果は個人間サービスであることに由来しているのは明らかだ。キャッシュアップは他の銀行や金融サービス会社に比べてわずかなコストで新規顧客を獲得できるため、アクティブな顧客網を急拡大できた。今や月間アクティブユーザーは3000万人に上り、さらに増えている」

投資家はキャッシュアップの価値は400億ドル相当で、スクエアの時価総額の半分以上を占めるとみている。米バーンスタインのあるアナリストは最近、「(スクエアの)株価はほぼ全てキャッシュアップによって押し上げられている」と語った。

スクエアもキャッシュアップに少しずつ新たな機能を加えている。スクエアは17年、ATMで現金を引き出せる機能が付いたデビットカード「キャッシュカード」を発行し、機能的には個人間送金ウォレットから当座預金口座になった。デビットカードの利用者はカスタマイズされた割引サービス「ブースト」を受けられる。このサービスは消費者にキャッシュアップ(とスクエア加盟店)との日常的な交流を促し、スクエアへの定着度を高める効果がある。

キャッシュアップのバイラルマーケティングのもう一つのベクトルは、暗号通貨への注力だ。ビットコイン購入機能は18年に追加された。スクエアによると、新型コロナの感染拡大と米政府の給付金支給を受けて、キャッシュアップでのビットコインの「エンゲージメント(契約)」は増えている。こうした新たな機能により、キャッシュアップはどちらかといえばフルサービスの金融機関のようになっている。

もっとも、SNS(交流サイト)などを駆使した口コミにもかかわらず、ニュースでのキャッシュアップの言及回数は一貫してベンモを下回っている。メディアでのキャッシュアップの言及回数は20年に入り急増したが、ベンモはさらに増えている。

▽キャッシュアップ、銀行アプリへ

キャッシュアップの戦略の柱は「送金、決済、貯蓄、投資」だ。将来的には銀行のような機能がさらに増える可能性が高い。

最近の実証実験からは個人向け融資を追加しようとしていることがうかがえる。そうなれば、スクエアの融資活動は現行の中小企業向け融資「スクエア・キャピタル」以外に広がることになる。キャッシュアップは最近、20~200ドルの資金を週1.25%(単利)の金利で短期融資するサービスの試験運用を開始した。

キャッシュアップは口座振込に進出したことで、既にネオバンクのような事業を手掛けられるようになっている。今後は米デーブ(Dave)のような給料前払い機能や、米エイコーンズ(Acorns)のようなおつり投資機能を追加したり、独自のクレジットカードを発行したりする可能性がある。

スクエアの「ワンショップ」アプローチと、推定6300万人に上る米国の銀行口座を持たない層への着目は今のところ成果を上げている。だが、米国の銀行口座を持たない層以外にサービスを拡大するのは簡単ではないだろう。キャッシュアップは現時点では米国と英国でしか運営していないが、ペイパルはほぼ世界中に事業を展開している(ただしベンモは今のところ米国のみ)。キャッシュアップが海外市場でも成功できるかどうかは分からない。

スクエアは今年6月、キャッシュアップで活用するためにスペインの国際決済プロバイダー、バース(Verse)を買収した。これは欧州市場へのさらなる進出の布石かもしれない。

次の展開は

ベンモとキャッシュアップは現在、波に乗っている。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)は非接触型決済にとって強力な追い風となり、両サービスは急成長を遂げた。

決済のライバルである両社は異なるアプローチを取っているようだ。ペイパルはオンライン決済やオフラインのQRコード決済でベンモの存在感を拡大し、カードの発行で定着度を高め、利用を促して収益化を果たそうとしている。一方、スクエアは銀行口座の代わりとなる金融「スーパーアプリ」を築いて米ネット証券ロビンフッド(Robinhood)や大手銀行のような単一ツールのアプリを打ち負かす一方で、スクエアのPOSネットワークを活用する構えだ。

両社は大きな期待を寄せられる一方で、あらゆる方面から攻勢にさらされている。アジアの決済を入り口としたスーパーアプリと同様に、スクエアとペイパルも今や巨大テック企業のデジタルウォレットやクレジットカードと競合している。これは米国内では大きな脅威には思えないが、巨大テックがデジタルウォレットを試験運用しているブラジルやインドなどの新興市場にスクエアとペイパルが事業を拡大する場合には、難敵となる可能性がある。

現状ではスクエアとペイパルは米国の人々の消費行動に浸透している。両社の戦略がコロナ後にどんな展開を遂げるのかは注目に値する。

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