見えてきた指の起源 海の中で進化した
日経サイエンス
手のひらから広がる5本の指はしなやかで力強く、ピアノを弾き、ハンマーを振るい、優しく触れて相手を慰めることもできる。人間を含め、動物の手に指が生まれたのはいつごろで、どんな経過で進化したのか?

最近、この謎の解明に向けた大きな前進があった。3億7500万前のエルピストステゲ・ワトソニという魚の完全な化石を解析した結果、ひれの部分に人間の指の骨に相当する骨が保存されていることが判明した。これは脊椎動物が陸に上がるよりも前に指が進化していたことを示している。

化石記録などから、大昔の魚がひれから腕や脚を進化させて陸に上がり、四本足の四肢動物となったことがわかっている。ただ、手の指がどう進化したかについてはよくわかっていなかった。魚と四肢動物の間にあたる移行段階の生物について、その全貌を伝える十分な化石がなかったからだ。今回の化石はその空白を埋めた。カナダのケベック州にあるミグアシャ国立公園で2010年に発見されたエルピストステゲの完全骨格で、ケベック大学の進化生物学者リチャード・クルティエとオーストラリアにあるフリンダース大学の古生物学者ジョン・ロングらのチームが注意深く解析を進め、20年3月に結果を論文発表した。

特に注目されたのが胸びれの部分で、細かな骨まですべての骨格要素が保存されていた。四肢動物へ移行中の魚としてティクターリクという別の動物の化石が06年に報告されていたが、エルピストステゲにはティクターリクにはない骨があった。研究チームはこれらが四肢動物の指骨と同様の骨であると考え、複数の骨が関節でつながった2本の指と、単一の骨からなる3本の指を特定した。
胸びれに新たに小さな骨が数多く配列したことで、ひれが丈夫になり、これを脚のように使って体を上向きに押し上げられるようになったと考えられる。だが魚にとってそれにどんな利点があったのか?
エルピストステゲの後頭部には「呼吸孔」という穴があり、空気を吸うのに役立っていたとみられている。この魚は浅い河口などに生息していたので、ひれを使って頭を水面の上に出し、新鮮な空気を吸うことができたのだろう。
また現生の魚でもハイギョや一部のナマズなどは、短時間ならひれを使って陸上を進むことができる。エルピストステゲのひれははるかに頑強だったので、おそらく陸上での移動もそれだけ得意だったと研究チームは推測している。
(詳細は現在発売中の日経サイエンス12月号に掲載)