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「横綱の義務」果たせ 横審・矢野委員長に聞く

右膝手術からの復帰が遅れている白鵬=共同
朝乃山、正代と続けざまに新大関が誕生し、世代交代の波が押し寄せる大相撲。ともに35歳のベテラン横綱、白鵬と鶴竜は相次ぐ故障で皆勤もままならず、11月場所(8日初日・両国国技館)もそろって休場する。キャリアの終盤を迎えた2横綱に求めるものや評価について、横綱審議委員会の矢野弘典委員長に聞いた。

――横審は成績不振などの横綱に対して「激励」「注意」「引退勧告」の決議ができると内規で定める。2018年には長期休場や連敗が続いた稀勢の里に「激励」を出した例がある。

「どの分野にも第一人者と呼ばれる存在はいるが、横綱は出処進退を自分で決めることになっている。だから極端に言えば、いくら休んでも地位は落ちない。それは大関以下と全く違う。そういう特別な地位には権利と同時に義務が伴うというのが私の考えだ。秋場所後の横審では(白鵬、鶴竜に激励を出すべきだという)かなり強い意見も出たが、もう1場所待ちましょうと私が言って各委員の了解を得た」

矢野弘典・横審委員長

――白鵬は最近13場所で休場が8度となるが、優勝も4度と結果を残している。通算優勝回数も44度と史上最多を更新し続ける一方、優勝インタビューでの万歳三唱や三本締めで処分を受け、駄目押しなど粗暴な行為が問題視されたこともある。

「かつての朝青龍と同様に、カッとなると自分を制御できない部分があるのかもしれない。相撲はある意味では格闘技なので、戦うときは全身全霊で炎となって戦うが、武道というものは戦いが終わればスッと冷める。ところが彼らは燃え上がった火が収まらないのではないか」

「これだけの優勝回数を重ねた力士は今までおらず、すでに大横綱だ。だから名横綱と呼ばれるようになってほしい。ルールに違反していないのに何が悪い、という意識でやっていると思われてしまう振る舞いはどうかと思う。日本の歴史と文化が与えた地位であるという意味をよくわきまえて、言動に注意してほしい」

――腰痛などに苦しみ最近1年間で皆勤が1度しかない鶴竜について、現師匠の陸奥親方(元大関霧島)は来場所に進退を懸けるとの覚悟を語っている。

「本人にもその自覚はあるでしょう。過去には年齢を重ねても強かった力士もいる。固定観念でどうこういうつもりはないが、横綱ならコンディションづくりは自分でしっかりできるだろうという目で見られる。特別な地位の力士でなければ誰も何もいわない」

持病の腰痛を抱える鶴竜は最近1年で皆勤が1度だけ=共同

――正代が新大関に昇進し、貴景勝と朝乃山を合わせた3大関に綱とりの期待が懸かる。

「キャラクターも三者三様で面白い。横綱を目指して3人で競い合ってもらえれば相撲界も活発になる。誰が抜け出してくるか非常に楽しみ。そういう時代に居合わせる相撲ファンは本当に幸せなことだと思う」

「白鵬、鶴竜には、ぜひ彼らの壁になってほしいし、横綱である以上は務めではないか。若手が上がってくるにしても、横綱不在の場所で優勝するのはファンとしても少し残念だし、本人もいまひとつ(物足りない)という気持ちになるだろう。両横綱のそういう姿を見たいという気持ちだ」

文化・価値観・形…「古き良き本物」継承

神事としての側面もある伝統を受け継ぐことが大相撲の使命の一つだ。文化や価値観を体現する担い手として横綱のあるべき姿について、横綱審議委員会の矢野弘典委員長は「形(かた)の継承」こそが重要だと力説する。

――小学生の頃から大相撲の魅力にとりつかれた。

「昭和20年代といえば栃若時代で、当時のひいきの力士はやはり栃錦、初代若乃花。白黒の街頭テレビで、身長2メートルの大内山を栃錦が首投げで下すのを見て興奮したのを覚えている。大鵬も好きだった力士。双葉山は相撲を取る姿を見たことはないけれど、後になって著書を読んで素晴らしい人だったんだと憧れを抱いた」

――そういった偉大な先達を現代の横綱にも見習ってほしいと願う。

「他の横審委員も皆、『こうあるべきだ』という理屈だけでなく横綱らしさとはこういうものだというイメージを持っている。昨日今日始まったスポーツではなく、日本書紀の時代から歴史のある相撲は日本の文化として定着している。それぞれの時代を代表する力士たちが表現してきた良きものを継承してほしい」

――変わらず引き継がれてきたものが、単なる「興行」と一線を画す魅力の源泉と訴える。

「私が実行委員をしている東京国際ヴィオラコンクールの外国人審査員たちを大相撲観戦に連れていくと、『これは本物だ』と感動していた。特に立ち合いで力士がぶつかる瞬間の迫力。合奏の出だしで呼吸が合わなければ音を出せないのと同じで、素晴らしいと満足していた。ローカルだからニセ物だということはない」

「作陶や伝統音楽もそうだが、古き良き本物をそのまま後世に伝えるというのは大変偉大なこと。大相撲でそれを担う代表が横綱だ。20~30歳代の、世間的には青年といわれる人たちに責任を負わせるのだから無理な注文をしているとは思うが、それに堪えうる力士が育ってほしい」

次代の横綱を狙う新大関正代(左端)らにも伝統を体現する役割が期待される(秋場所千秋楽)=共同

――10年以上前から経営支援などでモンゴルを毎年訪れ、現地事情にも詳しい。

「モンゴル相撲でも横綱は社会的に尊敬される存在で、振る舞いも堂々としている。(暴力事件で引退した)日馬富士も一昨年、現地で小中高一貫校を設立して『モンゴルの良き伝統と、日本で学んだことを子どもたちに伝えたい』と話していた。開校直後に訪問したら、体育施設も充実していて土俵もあった。事件を擁護するつもりはないが、彼も日本に来て心に描いていた夢を実現し、社会貢献している」

――角界が担うべき役割、期待することは。

「力士が強くなっていく過程は非常に興味深いもので、子どもたちの良い教育材料になる。強いだけではよくないという文化を大事にしてもらいたい。勝っておごらず、負けてもうな垂れずに堂々と。それは形に従っているからできる。形式に流れて駄目になるものもあるが、本来は形があるから伝統は継承される。『形無し』という言葉もあるでしょう」

「土俵入りにしても、自己流で手を加えては駄目。かつての名横綱の土俵入りをみると、簡素な動きの中にすごい迫力がある。そこにたとえば、鳥が羽ばたくような手つきをしたら見ているファンはおかしいと思う。本物を知る人たちの批評の目は大事にしなければ」

(聞き手は本池英人)

やの・ひろのり 1941年、東京都出身。63年東大法から東芝入社。東芝ヨーロッパ社社長、日本経団連専務理事、中日本高速道路会長などを歴任。2005年から産業雇用安定センター会長を務める。12年に横綱審議委員を委嘱され、19年1月から現職。

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