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本音ズバリ、大阪人気質は指導の強み 井村雅代さん

関西のミカタ アーティスティックスイミング指導者

いむら・まさよ 1950年大阪府生まれ。アーティスティックスイミング日本代表ヘッドコーチ。五輪では中国代表を率いた2008年と12年を含め、1984年ロサンゼルスから2016年リオデジャネイロまで9大会連続で教え子をメダル獲得に導いた。 (2016年撮影)=共同

■大阪府出身のアーティスティックスイミング(AS、旧シンクロナイズドスイミング)指導者、井村雅代さん(70)は1984年ロサンゼルス大会から五輪9大会連続で日中両国をメダル獲得に導いた。AS日本代表を率いて来年の東京五輪でのメダルを目指す今も、指導者としての強みになっているのは本音で生きる大阪人気質だという。

大阪人はほかの都道府県出身の方に比べて本音で生きている人が多いと思う。私も選手に「ダメなものはダメ」とはっきり言う。ただ、言いっぱなしにはしない。必ずそのダメな部分の改善法もセットで示し、直るまで投げ出さない。大阪人のこのお節介焼きといい意味でのしつこさも、コーチ業に不可欠な資質だ。建前で人を指導することはできない。厳しいことを言い続ける裏にある私の思いは最後に分かってもらえればいい。

「1ミリの努力」を促すことが選手の限界を突破させる秘訣。垂直跳びで40センチ跳べる子に、50センチを目指せと言っても遠い目標に感じてしまう。「きょうは40センチと1ミリを目指そう」と言えば、つらい練習も楽しみながら頑張れる。毎日1ミリの努力を重ねていけば100日後には50センチを跳べるようになる。何事も楽しんでやるという大阪人らしい遊び心も私の指導の底流にある。

■95年の阪神大震災で、世の中に貢献できる道がスポーツなら、その道を大切にすべきだと気づかされた。東京五輪では、新型コロナウイルスに一切振り回されなかったことが伝わる演技をみせ、社会にプラスのメッセージを発信したいと考えている。

2016年リオデジャネイロ五輪のデュエットで銅メダルを獲得した乾友紀子(左)、三井梨紗子(中)両選手と

96年にアトランタ五輪を控え、代表を目指す選手にとって重要な日本選手権に向け、自分のクラブの子を指導していた時に被災した。数日後に大阪のプールで練習を再開したが、ある子が「飲み水に困っている人がいるのにプールで練習してシャワーを浴びるなんてできない。先生、被災地にボランティアに行こう」と提案してきた。

その言葉が胸に刺さったが、保護者から「ボランティアは私たちがやるから子供たちはシンクロで私たちを励まして」と言われ、練習を続けることにした。人はそれぞれの立場で自分ができることを懸命にやるしかないと思う。

人の心を動かす力のあるスポーツはやはり世の中に必要。今、世界がコロナに翻弄されている現状が悔しい。だから、東京五輪ではまるでコロナなんてなかったかのように演じることを目指そうと選手たちに言っている。「空手」などをテーマにした演目は変えず、当初から表現したかったことを演じきりたい。

■中学1年の時、浜寺水練学校(堺市)で競技を始めた。当時はマイナー種目だったため打ち込んでいることを恥ずかしく思い、周囲には隠していた。そこで自信を与えたのは、高校と大学で先生がかけてくれた言葉だった。

大阪・生野高時代、テストでほぼ学年最下位の成績を取り、大学受験に向け競技をやめるべきか先生に相談した。先生は「人生は長いから、勉強は取り戻せる。これまで頑張ってきた自分を否定することになるから、絶対にやめるな」と止めてくれた。天理大に合格後、入試の採点を担当した先生が私の水泳の実技試験に満点をつけてくれたことを知った。その先生は「シンクロの日本選手権で優勝しているから、満点は当然」と説明した。この2人の恩師のおかげで自分に自信が持てるようになった。

先生が私を変えてくれたように、私も誰かの力になりたくて大学卒業後に教師となった。AS指導者に転じてからもずっと、選手たちの人生がいい方向に向くためのお手伝いをしたいという思いは全く変わらない。

(聞き手は田村城)

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