「鬼滅の刃」 主人公、炭治郎を育てる上司の力

集英社の人気コミック「鬼滅の刃」(作・吾峠呼世晴)を映画化した「劇場版 『鬼滅の刃』 無限列車編」の興行収入が公開から10日間で100億円を超えたというニュースが話題となりました。歴代最速記録を打ち出したこの現象は、低迷する日本経済を救う「キメツノミクス」という言葉をも誕生させています。
「鬼滅の刃」は、鬼に家族を殺された主人公の少年・竈門炭治郎(かまどたんじろう)が、唯一生き残ることができたものの鬼と化してしまった妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻すために、残酷で理不尽な鬼たちとの戦いに挑む物語。
「劇場版 『鬼滅の刃』 無限列車編」は2019年に放映されたTVアニメシリーズの続編であり、映画では短期間に40人以上の行方不明者を出している「無限列車」を舞台に、過去最強の敵と対峙するストーリーが展開されていきます。
煉獄の「己の責務を果たす」という信念

この作品において、炭治郎や同期の剣士たちと共に無限列車に同乗するのが、鬼を倒す組織「鬼殺隊」の最強の剣士である9人の「柱」の一人「炎柱」の「煉獄杏寿郎」(れんごくきょうじゅろう)です。
炭治郎たちにとっては上司のような存在にあたります。
煉獄は「己の責務を果たす」という信念を持ち、明朗快活で後輩への指示も的確、いわば正義感あふれる熱血漢の上司です。無限列車の中でも、圧倒的な強さを見せる煉獄から、炭治郎もすぐに良い刺激と影響を受けることになります。
そして煉獄は、未来をあきらめないために、鬼との戦いという残酷で理不尽な現実に立ち向かっていくために、鬼殺隊としての生き方や必要な心得を、主人公の炭治郎たちに教えてくれます。
「己の弱さや不甲斐(ふがい)なさにどれだけ打ちのめされようと、心を燃やせ。
君が足を止めて蹲(うずくま)っても時間の流れは止まってくれない。
共に寄り添って悲しんではくれない。俺は信じる。君たちを信じる」
煉獄は後輩に送る熱いメッセージとともに、『信じる』という言葉を通して、自身の心を燃やしながらも互いに信頼し合うことの大切さを伝え、炭治郎たちがこれから進む道を照らしてくれます。
映画の公開後、ネット上では「煉獄さんかっこよすぎる」「煉獄さんみたいな上司ばかりだったらいいのに」「煉獄さんの崇高な精神にほれた」などのコメントが並び続けています。

一方、映画の中での登場シーンは少ないものの、TVアニメシリーズでは第1話から登場し、大きな存在感を示しているのが鬼殺隊の「水柱」の剣士・冨岡義勇(とみおかぎゆう)です。
冨岡は、第1話から炭治郎の可能性を見いだし、元柱である師匠の鱗滝左近次(うろこだきさこんじ)のもとへと送り出すことで、炭治郎を進むべき道へと導いてくれます。冨岡は、煉獄の明朗快活さとは対照的に、ほとんど笑顔を見せることはなく、言葉数も少ないため、感情を表に出すことはあまりありません。ですが、冷静かつ無駄のない戦い方で勝負をつける相当な実力の持ち主です。
その冨岡の上司力が描かれているのはTVアニメの第22話です。鬼である禰豆子をかばった規律違反で鬼殺隊の本部に連れていかれた炭治郎は、裁判にかけられることになり、そこで、元柱であり炭治郎の師匠でもある鱗滝が裁判に向けて送った手紙の内容が明かされます。その手紙には「炭治郎と禰豆子を認めてほしい。もしも、禰豆子が人に襲いかかった場合には、竈門炭治郎および鱗滝左近次・冨岡義勇が腹を斬ってお詫びいたします」と記されていました。その時、炭治郎は冨岡が命をかけて自分たちきょうだいを守ってくれようとしている事実を知ります。
その後、第26話で炭治郎が手紙への感謝の言葉を伝えると、冨岡は、「礼なら仕事で返せばいい。俺たち鬼殺隊の使命は鬼を討つ。以上だ」と、クールにその場を去ります。
このように、煉獄杏寿郎と冨岡義勇は、一見、タイプが正反対のようですが、「責務や使命を果たす」という信念や、後輩たちを見守りつつ育成する姿勢は、共通しています。
そして、登場人物はおのおの鬼殺隊の剣士になるまでの過程において、葛藤や苦悩を抱えてきています。もちろん、炭治郎をはじめ他の柱たち、さらには鬼たち側にも、その場に至るまでの葛藤や苦悩の物語が存在するのですが、煉獄と冨岡は、自分たちが対面してきた理不尽さにのみ込まれて落ちることなく、同時に後輩たちものみ込まれて落ちることがないように、チームとして組織としての在り方を常に意識しているのです。
実際のビジネス社会においても、上司たちのこの姿勢は大切です。今や、コンプライアンスとデジタル化が進むなかで「お前の手柄は俺の物、俺のミスはお前の物」という旧態依然とした上司は淘汰される時代を迎えています。
一人の仕事人として自身の術(スキル)を磨くために鍛錬し続けることを基本としつつも、組織全体として向上するためには、部下や後輩たちを育成していく必要があります。それは部下や後輩たちのためでもありますが、自分自身のためでもあります。
彼らのミスは当然、上司に跳ね返ってくるからです。チームや組織を強くすることは己のためでもあります。
「鬼滅の刃」では、鬼側の筆頭に鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)という強敵・ラスボスが存在し、鬼たちを統制しています。いわば、ワンマンオーナーが支配する悪徳巨大企業のようなものです。
この悪徳組織と戦い続けるためには、自身だけでなく鬼殺隊という組織そのものを強くしなくてはなりません。そしてそれは、多くの人たちが幸せに暮らせる世界へとつながっています。
一方、そうした崇高な意識を持っている上司たちのもとで、鍛錬を積むことのできる炭治郎は組織の一員として恵まれているのかもしれません。「心を燃やせ」と激励してくれる炎柱の上司、「仕事で返せ」と冷静に鼓舞してくれる水柱の上司。おのおの見本となる上司から身になるメッセージを託されているのですから。
ただ、理想的な人物が炭治郎に目をかけてくれるのは、彼自身が「修行→実践→課題の発見→修行→実践→課題の発見……」と、この繰り返しを絶え間なく続けているからこそでもあります。自身の進歩や成長と比例して接する人物のランク(能力・人間力)も上がっていくものです。
コミックではすでに完結している物語ですが、ぜひともTVアニメ第2シリーズや劇場版が登場することを願ってやみません。あの色彩豊かな映像と迫力あふれる音楽、キャラクターを等身大で演じている声優さんたちによるセリフから、様々な示唆を与えてくれるメッセージをくみ取り続け、ビジネスの肝心な場面でも、「全集中!」できる力を養いたいものです。
経済キャスター。国士館大学政経学部兼任講師、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。日本記者クラブ会員。多様性キャリア研究所副所長。テレビ、ラジオ、各種シンポジウムへの出演のほか、雑誌やWeb(ニュースサイト)にてコラムを連載。株式市況番組『東京マーケットワイド』(東京MX・三重TV・ストックボイス)キャスターとしても活動中。近著に「資産寿命を延ばす逆算力」(シャスタインターナショナル)がある。
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