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新人歓迎の「飲み会、運動会、旅行」 消える昭和流

水産会社パプアニューギニア海産の武藤北斗工場長は「就業時間内に社員に本音を言ってもらえない経営者や幹部はその時点で失格ではないか」と話す
日経ビジネス電子版

集団型研修同様、多くの企業で中止や延期に追い込まれた職場内訓練(OJT)や新入社員歓迎イベント。今年の新人が順調に育てば、そうした一連のプログラムも意義を問われかねない。実際に、その中には新人の能力開発に必ずしも結びつかないものが存在する。

2020年4月入社の新人は集団型研修のみならず、先輩社員との生のコミュニケーションも十分に体験していない。テレワークを本格的に導入した企業などでは、対面型のOJTや歓迎会、その他新人歓迎イベントの多くがことごとく延期や中止に追い込まれ、いまだ新人との対話はほぼオンライン経由だけという企業もある。

にもかかわらず、今年の新入社員が過不足なく育っていくのだとすれば、多くの企業が昭和の時代から力を入れてきた、先輩社員との対話を促す一連のプログラムもまた、新人の育成とはあまり関係がなかった、という話になりかねない。

まずは対面型のOJT。「社会人としての感覚とビジネスマインドを身に付けるうえでOJTは不可欠。ただ、新人の能力開発に必ずしもつながらない方法で実施している企業があるのも事実」。OJT指導をはじめ幅広く人材教育サービスを手掛けるインソース営業本部の小島圭氏はこう話す。

成長効果が期待できないOJT

業務スキルの向上に効果のないOJTにはいくつかのパターンがある。

1つは「作業の意味や目的を伝えないOJT」だ。場当たり的な補佐的業務にこき使うだけで、フィードバックもない。ただ先輩の後を付いて回るだけのいわゆるカバン持ちだ。逆に、何もさせない「ほったらかしのOJT」も当然、成長への効果は期待できない。ただ教育係を割り当てるだけで人事部も進捗状況をチェックせず、放置され続けるパターンもあるという。

「今、管理職になっている30代後半以降の社員は、新卒時に自分たち自身が十分なOJTを受けていない。教えられたことのない人が、新人の教育計画を立て、十分なフィードバックをしてあげながら教えていくことは難しい」と小島氏は話す。

例年であれば、OJTの開始と同時期に実施され、職場によっては大小様々な規模で業務時間外に断続的に繰り返される新人歓迎の飲み会。この「新人との交流の定番」に至っては、社員の育成に結びつくどころか、「百害あって一利なし」と考える経営者もいる。

大阪府摂津市に本社を置く水産会社パプアニューギニア海産を父親とともに運営する武藤北斗工場長だ。実際、同社には新入社員やパートの歓迎会のみならず、忘年会など事実上参加が強制される飲み会自体が存在しない。

東京・築地で働いていた武藤工場長の父、武藤優社長が同社を設立したのは1991年。社名通り、パプアニューギニアで買い付けた天然エビを国内で加工・販売し、事業を存続させてきた。東日本大震災を機に宮城県石巻市から大阪に移転した同社が直面したのが人手不足だ。「働きやすい職場」をつくり、離職率を下げようと武藤工場長が取り組んだのが、気軽に欠勤できる「フリースケジュール制」など様々な独自制度の導入。「飲み会廃止」もその1つだ。

同社にも13年ごろまでは飲み会はあった。だが、開催しても料理のジャンルや喫煙の可否、酒量など嗜好は十人十色。全員を納得させることはできないし、自分の生活を大事にしたい従業員にとって業務時間外の飲み会が負担になっているのは明らかだった。従業員には子育て世代の女性も多く、家族の夕食を作ったあと泣く泣く参加する社員もいた。最適解は「飲み会をやめること」だった。

「業務時間外に会社が社員を拘束するのは違法ですらあると思う。酒席でこそ本音が聞けるという考え方もあるようだが、就業時間内に本音を言ってもらえない経営者や幹部はその時点で失格ではないですか」と武藤工場長。当然のことながら「飲み会を通じて先輩社員と触れ合うことこそが、職場の絆を深め、結果として新入社員やパートの定着や意欲向上につながる」などと考えることも今はないという。

先輩社員とコミュニケーションを深めてもらおうと多くの企業が導入してきた新入社員教育プログラムもまた、集合型研修同様、そのすべてが新人の成長にプラスの作用をもたらしてきたとはいえない、というわけだ。

リアルの飲み会の方が何も残らない

さらに専門家からは、OJTや新人歓迎会も、研修同様、オンライン化が可能との声が上がる。

「組織で仕事をする以上、人と人のつながりは必要。しかしそうした絆は、リアルでお酒を飲んだり、話をしたりしなくてもつくり出せる」。こう指摘するのは主に内定者向けのオンライン交流会などを提供するプレイライフ(東京・港)の佐藤太一代表だ。

オンラインでの交流会のポイントは、ただ話すだけではだめだということ。例えばビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で内定者の飲み会を開いても、ただ会話をするだけなら1人が話している間、ほかのメンバーは聞き続けることしかできず、自己紹介だけで終わってしまう。

ではどうすべきかと言えば、オンライン上で共通の体験をするのが効果的だという。同社は7月から「皆で1つのテーマで絵を描く」「寿司職人と寿司を握る」など、学びと遊びの要素を取り入れたオンライン体験プログラムを提供している。「リアルで飲み会をいかに重ねたところで、隣同士としか話さないし、一部の人だけ目立って何も記憶に残らない」と佐藤代表は指摘する。

オンライン上での交流のポイントの1つは共通の体験。IKUSAでは協力して謎を解くプログラムを提供している

IKUSA(東京・豊島)も、同様のサービスを提供している企業の1つ。人気プログラムの1つがビデオチャット通話を使い、チームで協力をしながらストーリーに沿った謎を1時間~1時間半の間に解き、脱出を目指す「リモ謎」だ。6月から9月までの受注数は100以上。昨年の倍の反響という。

RIZAPグループに入社して以降、飲み会や対面イベントなどがほとんどなく、上司や同僚とのコミュニケーション不足に不安を感じていた水野真由美さんも今では「だからこそ、たまに先輩に直接会えたときに積極的に分からないことをしっかり聞こうという意識が持てたのではないか」と考えている。

コロナ禍だからこそ育つ能力

在宅作業をしていて気になる点があればメモを書き留める。知りたいことがあってもなるべく少ない質問で済むよう、自分に足りないスキルや知識をいつも整理する。「確かに今年の新人は総じて積極的で質問力も高い。例年のように先輩がいつも隣にいて、飲みにも行ってといった例年通りの環境だとこうはならなかったかもしれない」と同社人事部の丸山滋部長は話す。

パソナグループのパソナJOB HUB(東京・千代田)で新入社員教育を担当している木村健悟氏も同感だという。木村氏がメンター役を務める今年の新人は小島郁也さん。5月までオンライン研修に参加し、6月からようやく週数日の出社が可能になった「典型的なコロナ世代」(小島さん)で、最初はネクタイの結び方すらおぼつかなかった。

しかし木村氏は「例年は指示をもらわないとできない新入社員が多いが、小島は教える方も楽。新人を育てているというより基礎が出来上がった後輩の指導をしている感じ」と話す。

企業の中には、歓迎会と並んで社員同士の交流を深める定番のイベント、運動会すらオンライン化する動きが出てきている。企画会社、運動会屋(東京・渋谷)はコロナ禍の中で「オンライン運動会」を開発。既に開催数は10件を超えた。

参加者は全員自宅。借り物競争の代わりに家にある物を使ってしりとりをしたり、足踏みを30回やったら次の人にタッチする「筋トレリレー」をしたりする。昨年までは屋外での運動会を年間240件企画していたが、今はすべてがリモート型だ。

コロナ禍の前から社内運動会にはネガティブなイメージもつきまとっていた。ウェブマーケティングのキャリアインデックスが17年に実施した「あったら嫌な社内イベント」アンケートで、運動会は1位だった。休日に長時間拘束される点が不評な他、運動が苦手な社員に敬遠されるためのようだ。

運動会屋の米司隆明代表は、「上司や同僚の意外な一面を知ったり、業務外の共通の話題ができたりと運動会には組織の一体感を高める効果がある」と強調した上で、「指示された社員が嫌々運営したり、日ごろの上下関係を持ち込んだりするとエンゲージメント(会社への愛着心)が下がる。社員が自分ごととして参加できる雰囲気づくりが大事」と話す。

今後は社員の親睦を深めるための定番行事、社員旅行なども随時、オンライン上のイベントに切り替わっていくかもしれない。

年配の方の中には「それでは味気ない」と思う人もいるはずだ。だがある新入社員はこんな本音を打ち明ける。

大手シンクタンクに入社したGさん。8月まで原則として在宅勤務で、今も月の半分はテレワークという生活を続けるが、それでもコロナ禍に心から感謝していることがあるという。例年であれば10月に実施される部署単位での社員旅行が中止になったことだ。

「社員旅行は、ずっと中止で構わない」

先輩に聞くと新人は公衆の面前で、インパクトのある一発芸を全員が披露するのが決まり。芸の様子を動画に撮られたり、旅行後もいつまでも話のネタにされたりするのだろうかと、入社を決めたときから気がかりだったという。「これから入ってくる新人のためにも、この手のイベントはずっと中止でいいと思う」とGさんは話す。

従来型の新入社員育成プログラムを受けずにここまで来た今年の新人たちの健闘を知り、多くの人が抱くであろう「じゃあ、今までの新人教育とは何だったのか」という疑問。その答えは「既存の新人教育のメニューすべてに育成効果が期待できるわけではなく、中には意欲や定着率の低下につながるものもある」となる。中でも特に成長効果が期待できないプログラムは以下の通りだ。

(1)なぜそれをやるのか目的が判然としない研修

(2)実践的でなく難解すぎる研修

(3)発想や行動を強引に型にはめる研修

(4)作業の意味を伝えないOJT

(5)放置型OJT

(6)参加強制力を伴う飲み会

(7)新入社員を過剰に圧迫するその他歓迎イベント

通常であれば、「こうした効果の期待できないプログラムは見直し、企業はより効率的な教育システムを再構築すべきだ。コロナ禍はそのきっかけとなる」が結論になる。だが、こと新人教育に関しては、話はそう簡単ではない。

長時間拘束するだけの集合型研修も、こき使うだけのOJTも、育成効果はなくても、100%無意味なものとは言い切れないからだ。

(日経ビジネス 神田啓晴)

[日経ビジネス電子版2020年10月29日の記事を再構成]

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