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名将の条件は「動かざること山のごとし?」

野球データアナリスト 岡田友輔

プロ野球ペナントレースはソフトバンクが3年ぶりのリーグ優勝を決め、巨人も10月28日現在で2連覇を目前にしている。新型コロナウイルスで大幅に開幕が遅れ、試合数の減少に過密スケジュールと異例のシーズンとなったが、セ・パともに本命は強かった。

巨人の原辰徳監督は監督通算14年目で9度目のリーグ優勝となる。今季は通算勝利数で大先輩の川上哲治氏(1066勝)、長嶋茂雄氏(1034勝)を抜き去った。1087勝(同日現在)は歴代11位と押しも押されもせぬ名監督の域だ。ソフトバンクの工藤公康監督も就任6年目で3度目のリーグ優勝、過去5年で4度の日本一と堂々たる戦績を残している。

 川上哲治元監督を抜いて球団歴代最多勝利を挙げた巨人・原監督=共同

チーム成績をそのまま監督の力量とみなすことに疑問を抱くファンは少なくないだろう。確かに万年最下位のチームをAクラス入りさせるのは、戦力豊富なチームを優勝に導く以上に難しそうにみえる。巨人やソフトバンクのような強豪になると「あれだけの戦力があれば、誰が監督をやっても勝てる」といったやっかみまがいの声は根強い。では統計データに基づいて、監督の力量を測定することはできるだろうか。

現代野球のセオリーに「ピタゴラス勝率」というのがある。一定の公式を使い、チームの得点と失点から理論値としての勝率を導き出す。実際の成績がピタゴラス勝率を上回っていればそのチームは地力以上に効率よく勝利を拾い、下回っていれば勝てる試合を取りこぼしていると考えられる。

一定しない理論値と現実の乖離

今季、理論値を上回る戦いぶりを見せているのが中日、ロッテ、西武といったチームだ。いずれも失点が得点を大きく上回り、借金生活が妥当な状況にもかかわらず、貯金をつくっている。これは大差で負け、接戦を拾う試合が多かったことを意味している。ではこうした「効率のいい戦い方」は監督の手腕とみなせるだろうか。

データ分析の観点からは、この評価には無理がある。なぜかというと、理論値と現実の乖離(かいり)の仕方に一貫性がないからだ。中日の場合、昨季は得失点差が19点のプラス。ピタゴラス勝率に照らすと貯金5が妥当だったにもかかわらず、実際は借金5に終わった。ロッテも貯金5が妥当だったが、現実は借金1だった。両軍とも監督は変わっていない。

昨年の経験を生かして采配の腕を上げたのだという仮説を立てることは可能だ。西武の辻発彦監督は2018年がプラス6、19年がプラス4と毎年うまくチームを回している。しかし過去の膨大な例に基づけば、理論値と現実の乖離を監督の手腕とみなすのはやはり難しい。例えば原監督や日本ハムの栗山英樹監督ら長年指揮を執っている監督でも、理論値と現実の乖離はシーズンによってプラスとマイナスがランダムに入り乱れている。「監督の力量」が安定して発揮される資質であるのなら、こんなことはあり得ない。

よく「大差で負けて僅差で勝つのが強いチーム」といわれるが、1シーズンを通じてそこまで都合良く得失点をコントロールし続けることは現実的ではない。今季の中日やロッテが健闘しているのは間違いないが、巡り合わせや運も多分に絡むベンチワークを「効率的な采配」とみなすことは野球の本質を見間違えるリスクをはらむ。ロッテは首位とゲーム差なしに迫った10月9日時点で13あった貯金が28日時点で4まで減った。コロナ禍による大量離脱があったとはいえ、この失速は「理論値への回帰」とも解釈できるのだ。

実際、試合中の監督の采配で勝利を上積みするのは至難の業だ。米国のデータ分析書「BASEBALL BETWEEN the NUMBERS」は大リーグで1972~2004年に送りバント、盗塁、敬遠といった監督の決断がどれほどの得点価値を生んだかを分析している。驚くなかれ。30年を超える長期間のうち、こうした戦術がシーズンでプラスの価値をもたらしたのは6度しかなく、しかもその価値は最大でも0.63勝分(83年パドレス)にすぎない。反対に、ワーストを記録した87年のジャイアンツは5.92勝分の得点価値を失った。5年以上指揮を執った監督に限ると、采配により通算でプラスの価値をもたらした例は皆無だった。

ここから導き出される結論はひとつしかない。「動かざること山のごとし」。つまり策を用いるべき根拠が確固たるものでない限り、動かぬ方が得策ということになる。

減少する犠打、盗塁企図、敬遠

統計に基づいてアウトや進塁、出塁の価値が数値化されるようになった現代野球ではこうした認識が一般的になっている。大リーグでは90年代前半に年間1500を超えていた犠打が2019年は776に、5000に迫っていた盗塁企図数が19年は3110まで減った。1300前後で推移していた敬遠も半分近く減っている。一方、90年に69%だった盗塁成功率が19年は73%に上昇している。監督がサインを出すときは、確実性をより重視するようになったのだ。似たような潮流の変化は日本でもみられる。2番に強打者を置き、犠打を減らすトレンドもその一環と考えられる。

前掲書では打順の組み方のほか、代打やリリーフ投手の起用法と結果など様々な角度から監督の力量を測ろうと試みている。しかし、シーズンをまたいでも安定して発揮される資質を見つけるには至らなかった。残念ながら、監督の力量を数値化するための分析手法はいまも見つかっていないのだ。

プロ野球の監督は素人の居酒屋談議でも批判の対象となるほど「誰にでもできそうにみえる商売」だ。しかしサインを出す機会が減り、その能力が数値で評価できないからといって、誰でも務まるかといえば、もちろんそんなことはない。むしろ現代野球の監督には、かつてないほどマルチな能力が求められている。

3年ぶりのリーグ優勝を飾ったソフトバンク・工藤監督(中央)。チームの潤滑油になることも監督の役割だ=共同

データ分析の進歩などにより、球団には選手OB以外にも様々なバックグラウンドの人材が集うようになった。彼らはデータを基にグラウンドレベルでの戦略や戦術にも介入してくる。中には従来の野球の常識と違うものもあり、コーチや選手の反発を生む。こんな時、監督はフロントと現場の橋渡しをしながら、選手のモチベーションを維持する「組織の潤滑油」としての役割を果たせなければならない。データの読解力、コミュニケーション力の両方が求められ、選手時代の名声やカリスマ性だけでは務まらなくなっている。2軍で経験を積んでから1軍へというキャリアパスが増えているのも、現在の監督業が付け焼き刃では務まらない証左といえる。

チーム編成に発言権を持つべし

試合中の采配で大きな差をつけられない中で強いチームをつくるには、チーム編成についての発言権を持つことも大切な要素だ。原監督はドラフトやトレードなどについても強い権限を持っていると思われる。これは長年、勝利を積み重ねることによって獲得した権利だろう。コーチの人選を含め、歴代の名監督は程度の差こそあれ、編成への発言権を持っていた。

今季の巨人やソフトバンクはピラゴラス勝率通りの成績でペナントレースを駆け抜け、順当に勝った。本当に強いチームとは「大差で負けて僅差で勝てるチーム」ではなく、「大差でも僅差でも勝てるチーム」だ。そのための道筋は得点を最大化し、失点を最小化する陣容を整える以外にない。

球団の資金力には差があることは確かだが、同じような資金力の球団の成績がすべて似通っているわけではない。グラウンドの内外で知恵を絞り、勝つことによって自らの権限を拡大し、必要なカネをフロントに出させる。「誰が監督でも勝てる」とやっかまれるようなチームをつくれる指揮官こそが「名将」なのである。

岡田友輔(おかだ・ゆうすけ) 千葉県出身。大学卒業後、民放野球中継のデータスタッフやスポーツデータ配信会社勤務を経て2011年に独立。株式会社DELTAを立ち上げ、野球のデータ分析やプロ球団へのコンサルティングなどを手がける。オンラインで野球分析講座を開講中。

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