マレーシア国王、異例の政治介入 政権行き詰まりで
【シンガポール=中野貴司】立憲君主制のマレーシアで、アブドラ国王が政治に介入する場面が目立っている。ムヒディン政権の運営が行き詰まり、政治が機能不全に陥っていることが背景にある。ただ、憲法上の権限を越えるとも捉えられかねない行動は異例で、早期の政治の正常化が急務になっている。
マレーシア王室は28日、「国王が連邦議会下院の議員に2021年予算案を強く支持するよう忠告した」との声明を出した。予算案は11月に再開する国会で審議される予定だが、野党連合や一部の与党議員の造反で成立しないリスクが浮上していた。国王は新型コロナウイルスの感染拡大で悪化した経済の再生と国民生活を守るために、議員に「政争をやめ、予算案を妨害なしに承認する」よう求めた。
マレーシア憲法は「国王は内閣や大臣の助言に従って行動する」と定める。自己の判断で行動できるのは、首相の任命や議会解散の保留など極めて限られている。国会議員に予算案の賛成を忠告するような行為は憲法上想定されていない。
国王は25日には、ムヒディン首相が要請していた非常事態宣言の発令を拒否した。内閣の助言に従って行動する国王が、首相の非常事態宣言に関する要請を拒否できるかという点についても、専門家の解釈は分かれる。
国王が異例の介入を繰り返す背景には、与野党の政争が激化し、国王の裁定がなければ政治が動かなくなっていることがある。野党連合を率いるアンワル元副首相は「国会議員の過半数の支持を確保した」として、公然と首相交代を求めている。新型コロナの感染が第2波を迎えるなかで、予算案が否決されればコロナ関連の予算執行が滞る恐れがあった。
一方、ムヒディン首相の非常事態宣言の要請は新型コロナ対応を名目に、自らの権力を維持する目的が見え隠れしていた。アジア経済研究所地域研究センターの中村正志次長は「国王の行動は法的には疑問の余地が残るが、国民の利益を考えれば良い政治的判断だった。政治の混迷が国王が介入せざるを得ない状況をつくっている」と指摘する。
発言に重みを持つ国王が国民生活のために予算案に賛成するよう求めたことで、野党議員は11月の国会で予算案に反対しづらい状況になった。予算案の否決がムヒディン政権の退陣や解散・総選挙を誘発するとの見方もあったが、こうした可能性はひとまず後退した。国王は28日の声明で「ムヒディン氏の政権運営能力に全幅の信頼を置いている」とも表明した。
ただ、国王の介入によって政治が安定に向かうかは疑問だ。与野党の議席数は拮抗しており、少数の議員の離脱でムヒディン政権が崩壊するリスクは消えていない。新型コロナの感染拡大が下火になった段階で、ムヒディン首相が事態打開のために、解散・総選挙に打って出る可能性がある。