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不要な検査、薬の副作用防ぐ 精密医療はコストも抑制

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 松田浩一(4)

ナショナルジオグラフィック日本版
遺伝子の情報を基にした「精密医療」の研究に取り組む東京大学大学院教授の松田浩一さん。「オーダーメイド医療」「個別化医療」など、さまざまな呼び方があるが、一人ひとりに合った医療を提供するという本質は同じだ
 文筆家・川端裕人氏がナショナル ジオグラフィック日本版サイトで連載中の人気コラム「『研究室』に行ってみた。」。
今回は一人ひとりのDNA情報をもとに予防を含め適切な治療法を選ぶ「精密医療」について、東京大学大学院新領域創成科学研究科の松田浩一教授に聞くシリーズを転載します。多くの人々の救済につながる研究ですが、松田さんの胸には希少疾患に苦しむ患者への思いがずっとともっています。

◇  ◇  ◇

松田さんがバイオバンク・ジャパンの試料を使って行ってきた「遺伝とがん」についての研究を見てきた。

食道がん、肝臓がん、胃がんと十二指腸潰瘍などで得られた新たな知見は、専門的にもブレイクスルーであり、一般的な興味からも「おおっ」と思わされる部分が多かったのではないだろうか。血液型がA型とO型では十二指腸潰瘍になりやすさが違うかもしれないなど、「血液型と性格」の関係のように統計的には差が検出でないものとは別次元のサイエンスだ。

2009年、松田さんたちがヒトが持っているSNPのうちの数十万カ所を調べることで始まったこの分野は今や花開いて、世界各地で日々探求されている。ぼくはこれを、地質学者や生物学者が世界中を旅して新たな発見を成し遂げた博物学の時代をゲノムの世界の研究者たちも今経験しているのだと感じている。

今、本当に多くのリソースがこの分野に注ぎ込まれているので、遠からずより理論が深まり(例えば、がん化のメカニズムがよりよく理解できるようになったり)、応用の仕方が見出されたり(よりよい予防、発見、治療ができるようになったり)していくことだろう。

すでに松田さんの説明でも、予防(リスク予想とそれに基づいた生活指導など)については言及されたので、ここではその先を見ていこう。まずは「検査」の話題に触れてから、多くの人が関心を持つだろう「治療」の話へと進む。

「検査について、最近(2018年)、バイオバンク・ジャパンの試料を使って面白い研究が出てきました」と松田さん。

「皆さんが、健康診断や人間ドックで血液検査を受けると、正常範囲っていくつからいくつまでで、あなたはこの項目が高いとか、そういうデータが出てきますよね。今、設定されている正常範囲ってそれ自体、数倍の幅があるものが多くて、つまり個人個人のばらつきもすごく大きいんですよね。そのばらつきの理由として遺伝子の影響が強い項目があれば、その遺伝子情報をもとに、個別の正常範囲を設定できるのではないかと思うんです。そこで、今よく行われている代表的な血液検査の項目について、その値に影響を与える遺伝子を調べたところ、1400くらい見つかりました。例えば肝臓や胆のうなどの病気の指標にされるアルカリホスファターゼ(ALP)は、正常範囲の個人差がとても大きくて、今言われている正常範囲は、例えば100~325単位ですとか幅広く設定されているんです。でも、これは例えば血液型の違いですごく値が変わるのが分かって、O型だと他の血液型より平均すると30ぐらい高いんです。他の血液型だと、肝障害を疑われて腹部エコーを受けましょうという検査値でも、O型にとっては正常値ということがありえるんです」

肝臓や胆のうなどの病気の指標とされるALP値と関連する遺伝子を調べたところ、血液型を決定するABO遺伝子が最も強い関連を示し、A型、AB型に比べ、特にO型では30以上値が高くなることが分った。つまりO型では、特に病気がなくても異常値となる可能性が高くなると想定される。"P"は結果が統計上、有意かどうか判断する指標のひとつで、小さいほど有意と判断される(画像提供:松田浩一)

腹部エコーなら身体的には楽だが、時間はとられるし経済的な負担もそれなりにある。ましてや、組織を採取する生検や放射線を使う検査など、体の負担が大きかったり検査自体がリスクになりうるものは、本当に必要な場合以外は避けたい。だから、遺伝子情報によって検査値の正常範囲を個別に調整できるなら、精密医療時代のまさに「精密検査」として歓迎されるだろう。これは、個人としてもありがたいことだし、医療費の抑制という意味で社会的貢献も大きいはずだ。

「あと、検査ということで、もうひとつ別のトピックですが、リキッドバイオプシー(血液などの体液を使った生検)というものが今、実用化されつつあります。これまで、がん細胞を見るといえば、結局組織を取ってこないと駄目でした。数ミリ角の組織とはいえ、やはり体を切らないといけないので侵襲的ですし、かといって、数ミリ角だけで全体を反映しているとは言いにくいです。さらに、がんが転移している場合は、一箇所だけみていても駄目です。そういうのをずっとひっくるめて見る方法として、腫瘍組織から漏れ出て血液の中に浮いている遊離DNAを調べるんですね。血液だけを見ればよいので患者さんのモニタリングとしてもよいですし、治療薬の決定という意味でも、この遺伝子異常ならこの薬を使いますと決められるので、より負担が少ない方向に今後シフトしていくはずです」

今も話題に出たけれど、個々人の遺伝子のタイプに合った治療薬というのはとても注目される分野で、近年、しょっちゅうニュースになっている。

特にがんのような腫瘍をターゲットにした薬は日進月歩という印象だ。これは叩くべきがん細胞のタイプに応じた薬を選択するというもので、今の精密医療、オーダーメイド医療の本丸だと思われているかもしれない。

とはいえ、治療薬の使い分けというのは、がんだけの問題ではない。もっと、幅広く、様々な分野で使われることが想定されている。比較的、地味な話題なので、一般ニュースにはなりにくいが、着実に進展があるそうだ。

精密医療のおかげで、健康診断までより精密になるのは朗報だ(写真は川端裕人さん)

「我々がかかわったものとしては、てんかんや三叉神経痛に使われるカルバマゼピンという薬がよい事例だと思います。この薬を飲むと薬疹のような皮膚への副作用が出る人がいて、重症化する場合もあります。そこで、薬疹が出た人と出なかった人を調べたところ、違いをもたらしている遺伝子が特定できました。それによって10倍くらい薬疹などの副作用のリスクが違ってくるようだったので、理化学研究所のグループを中心とした研究グループで、投薬する前に遺伝子検査をして薬を使い分けるようにしたところ、副作用のリスクを大きく下げられると確認できました」

薬疹というと、一般には、皮膚にポツポツしたものが出るというふうなイメージかもしれないが、実は重症化すると命にかかわることもあるという。決して軽視できない問題だ。こういった副作用を回避するための知見は今、積み重なっており、他にも、DNAの複製を抑えてがん細胞の増殖を抑えるタイプの抗がん剤、イリノテカンでも副作用に関係する遺伝子が見つかっている。

こういったことを踏まえた上で──

やはり、がん細胞そのもののゲノム(がんゲノム)を調べて、特定のタイプのがん細胞を標的にできる薬剤は、大いに期待されている。

「バイオバンク・ジャパンが対象としてきたのは、血液由来のDNA、いわゆるパーソナルゲノムだけなんですが、最近はいろいろな研究グループと連携する中で、がんゲノム、がん組織の収集も行っています。それらは臨床研究に参加した患者さんたちから採取されたものです。臨床研究って、治療法のAとBのどっちが優れているかを知るために、患者さんをランダムに割り付けして比較するタイプの研究です。そういう研究由来のサンプルを持っておいて、5年10年たつともっと別の切り口の解析の方法も見えてくると思うので、その時点で最新の解析を行って、治療法のマーカーを見つけていくことになります」

こういったがんゲノム研究から得た知識がすでに臨床の現場で使われているものとしては、分子標的薬と呼ばれるタイプの薬のひとつ、イレッサが挙げられる。これは、EGFRという遺伝子に変異を持っているがん細胞にだけ有効だと分かっており、今では、EGFR遺伝子上の変異を確認してから実際に使うかどうかを決めることができるようになった。

では、2018年にノーベル医学生理学賞を受賞した京都大学の本庶佑特別教授が開発にかかわった免疫チェックポイント阻害剤オプジーボはどうだろう。

「オプジーボは、手術できなかったり再発して転移していたがんに使われていますが、そういった中でも、2割3割の人しか効かないという状況だと聞きます。ただ効く人にはすごい劇的な効果があると。さらに、薬価が非常に高い、重たい副作用が出る人がいる、というようなことであれば、やっぱりあらかじめ効く人をもっと絞り込むために、それに関するマーカーを見つけるのが大切です。実は、ある程度、マーカーになりうるものは分かってきていて、がんゲノムの遺伝子異常が多い、変異の数が多いがんの方が効果が出やすいという研究が出てきていますので、そういう方がおそらく対象になっていくと思います」

オプジーボのような「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれるものは、ぼくたちが持っている免疫のリミッターを外してがんを攻撃させるものなので、もともと自分の細胞に由来するがん細胞ができるだけ変異して区別しやすいものになっていないと効果が出にくいということなのだろう。

人によって効いたり効かなかったりするというオプジーボ。それも精密医療で前もってわかるのだろうか

以上、精密医療、オーダーメイド医療についての最近の実情を教えてもらった。医療は日進月歩の時代であり、大いに期待が持てる。もっとも、「最新の免疫療法」「最高の精密医療」などという看板を掲げて、充分な根拠に基づかないアグレッシブな投薬などを自由診療で行うような医院にはかなり注意した方がよく、いわゆる標準治療として確立しているか、そうでなくても現在進行形の臨床試験に加わっているかなどを確認するのも大事かもしれない。

=文 川端裕人、写真 内海裕之

(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2019年1月に公開された記事を転載)

松田浩一(まつだ こういち)
1969年、大阪生まれ。東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 クリニカルシークエンス分野 教授。M.D., Ph.D. 1994年、東京大学医学部医学科卒業後、整形外科医の勤務経験を積んだのち、基礎研究を志して1999年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻に入学。2003年に米国ベイラー医科大学研究員になり、博士号も取得。2004年、東京大学医科学研究所、ヒトゲノム解析センター助手に就任。2009年に准教授になり、2015年より現職。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、肺炎を起こす謎の感染症に立ち向かうフィールド疫学者の活躍を描いた『エピデミック』(BOOK☆WALKER)、夏休みに少年たちが川を舞台に冒険を繰り広げる『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』(集英社文庫)とその"サイドB"としてブラインドサッカーの世界を描いた『太陽ときみの声』『風に乗って、跳べ 太陽ときみの声』(朝日学生新聞社)など。
本連載からのスピンアウトである、ホモ・サピエンス以前のアジアの人類史に関する最新の知見をまとめた『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス)で、第34回講談社科学出版賞と科学ジャーナリスト賞2018を受賞。ほかに「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめた『8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識』(集英社文庫)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松英一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)もある。近著は、「マイクロプラスチック汚染」「雲の科学」「サメの生態」などの研究室訪問を加筆修正した『科学の最前線を切りひらく!』(ちくまプリマー新書)
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。

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