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箱根駅伝は一生の財産 声援なくともひのき舞台に

2020/10/29 3:00
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大学1年で出たレースの写真は大事な思い出の品のひとつ

大学1年で出たレースの写真は大事な思い出の品のひとつ

先日、箱根駅伝の予選会が開催され、来年1月2~3日の第97回大会にのぞむ全出場校が決まった。

これはどの大学もそうだろうが、30年ほど前、母校の早稲田大学競走部においても箱根駅伝を走るにはいくつかの関門があった。夏合宿を皮切りに、秋以降、選考レースが数々行われ、12月上旬のメンバー発表、そして大会当日の最終エントリーとなって初めてこの舞台を踏むことができる。レース本番が近づくにつれ、緊張感でチーム内は軽口もたたけないような重苦しい雰囲気に包まれる。

大学1年時は自分でも力不足を認識しており、はなから諦めていたものの、大会の2週間前からは選外の選手は自分の練習はほぼできなくなる。東京都内の下宿先から郊外の合宿所へと居を移し、レギュラー選手のために24時間体制でマッサージ、掃除、洗濯、配膳などあらゆる雑用をこなすのである。

時はバブル真っただ中。普通の大学生はスノーレジャーなどで青春を謳歌しており、私たちは寮での下働き生活に不満を抱いていた。それが態度に表れたのかある深夜、先輩が食堂に我々を一列に並ばせ「お前たち、たるんでいる」と叱責した。やる気のなさが選手に伝わるから、もっと気持ちを込めてサポートに徹するように注意された。2浪までして夢の箱根駅伝に手の届きそうなところまできた学生生活だ。この時ばかりは悔しくて、結果はどうであれ、早く終わることを願った。

当日、2区を走る4年生のエースに付き添いで中継所に向かうと、道々で「ワセダ頑張れ」「今年こそやってくれ」とさまざまな声がかかる。そして初めて見る大観衆やメディア。やがて1区の先輩が来てタスキを渡し、倒れ込みそうな彼を私がガウンに包んだ。普段口数の少ない先輩が高揚感でうわごとのように何かをつぶやいていた。

選手のひのき舞台への思いと、観衆の熱の高さが相まって、現実と思えない世界に身を置いていた。テレビで見ていた世界とは全く別物。これを体験して、箱根に出るためならどれほどつらい努力でもいとわないと心に誓った。寮での理不尽な生活も、「来年こそは」と奮起させるための合理的なやり方なのかもしれないとさえ思った。

大会後の電車で、老婦人に箱根駅伝を走ったと誤解されたので「補欠の補欠です」と苦笑いで訂正すると「そんなのいいのよ。あとから大きな財産になるからね」と励ましてくれた。結局、けがが治らず3年生で退部することになったけれど、あの老婦人の言葉はまさにその通りだったと思う。

箱根駅伝を走ったことがある人々に当時の感想を尋ねると、好走でも無念な結果に終わっても「あんな舞台はない」と口をそろえる。そして自身を鼓舞した観衆からの一言を何年たっても忘れないという。その瞬間、人生の全てを賭けてのぞんだ選手の力走は、あの大観衆の声援に間違いなく支えられている。

残念ながら来年正月の箱根駅伝は無観客での実施となった。新型コロナウイルスの感染対策となればやむを得ない。が、やはり寂しい。出場するすべての選手にとって一生の財産になる走りとなることを切に願うのみだ。

(プロトレイルランナー)

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