「日本からまだ学ぶ」 故サムスン李健熙氏語録

アジアBiz
2020/10/26 5:00
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「今後10年以内に既存ビジネスはなくなる」と社内の慢心をいさめた(10年、韓国華城市の半導体工場起工式で)

「今後10年以内に既存ビジネスはなくなる」と社内の慢心をいさめた(10年、韓国華城市の半導体工場起工式で)

韓国サムスングループ中興の祖、李健熙(イ・ゴンヒ)会長が25日に死去した。サムスンを世界的な巨大企業に育てた李氏は、時に強い言葉でリーダーシップを発揮してきた。半導体など電子産業で日本企業に追いつき追い越した後でも「まだ日本から学ぶことがある。日韓はお互いに協力する分野が多い」と日韓の共存共栄を説いた。

「妻と子供以外はすべて変えろ」

李氏は1987年の会長就任後も自身が説く「品質経営」が社内になかなか浸透しないことに焦りといら立ちを覚えていた。1993年、経営幹部をドイツのフランクフルトに招集し、主力の家電製品で量を追うモデルの限界を指摘。抜本的な変革を求めて「すべてを変えろ」と話した。

その際に「不良は癌(がん)だ。初期に取り除かなければ全身に転移して3~5年後に致命的になる。質のためなら量を犠牲にしてもよい」と品質の重要性を強調。全世界の従業員に呼びかけて「サムスン」を世界ブランドに押し上げた。

「ソフト分野の創造力が21世紀の勝負どころ」

半導体メモリーで日本勢を越え、デバイス産業で頭角を現した90年代半ば。李氏は「21世紀は知的資産が企業の価値を決定づける。企業も製品を売る時代から哲学と文化を売る時代になる」とし、技術特許やデザインを重視する経営に転換した。研究開発の投資を増やしてテレビや携帯電話、スマートフォンなど先端商品を手掛けて世界首位に導いていった。

「1人の天才が10万人を食べさせる」

03年に韓国メディアの取材で語った言葉だ。李氏は画期的な技術革新や発明をもたらす人材を重視したが、エリート主義ではない。幅広い層から「天才」を発掘するため、年功序列を撤廃し能力主義の人事を定着させた。「韓国は他国と比べて男性中心の社会。車輪が1つない自転車のようだ。人的資源の浪費と言わざるを得ない」と語り、男性優位の韓国社会で女性の登用を推し進めた。

「今後10年以内に今の代表的なビジネス、製品は消え去るだろう」

一時、経営を離れてから復帰した10年に、社内向けに示した見通しだ。サムスンが韓国最大財閥となり、テレビや半導体メモリー、ディスプレー分野で世界首位になった後も社内の慢心をいさめ続けた。

この際に李氏が「次代の柱」として掲げたのが、バイオ医薬品と太陽電池、車載電池、発光ダイオード(LED)、医療機器の5分野だった。現時点でバイオ医薬品事業は花開き、同事業を手掛けるサムスンバイオロジクスが時価総額で韓国5位に付ける。

「まだ日本企業から学ぶべきことがある」

10年に日本の財界関係者と会食した際に「韓国と日本の企業はお互いに協力する分野が多い」と話した。父親と同じ早稲田大学で経営学を学んだ李氏は「日本から学べ」という経営哲学を父親から受け継いでいた。1年に何度も日本を訪問して財界人との交流を深めた。日本重視の姿勢は長男の李在鎔(イ・ジェヨン)氏にも受け継がれている。

(ソウル=細川幸太郎)

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