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岩隈投手の特異な観察眼 神髄は「相手に考えさせる」
スポーツライター 丹羽政善

2020/10/26 3:00
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2015年8月のオリオールズ戦で無安打無得点試合を達成し、チームメートと抱き合って喜ぶマリナーズの岩隈(中央)=USA TODAY

2015年8月のオリオールズ戦で無安打無得点試合を達成し、チームメートと抱き合って喜ぶマリナーズの岩隈(中央)=USA TODAY

「悔いなくやりきることができました」。岩隈久志(巨人)の引退が明らかとなった18日、久々に連絡を取ると、そんな返信があった。

実質、4年にも及ぶ長いリハビリ生活。復帰まであと少しというところで痛みが再発し、リセットを繰り返す日々。「悔いなく」と吹っ切れるまで、いったい岩隈は、どれだけの苦悩、葛藤と向き合ったのだろう。

引退の引き金となった右肩の故障は、米大リーグ・マリナーズ時代の2017年5月まで遡る。いや、もっと前から痛みを感じていたのではないか。痛みの少ない投げ方を模索し、なんとか折り合いをつけてきたが、それでは球速が出ない。

戦列を離れてから1カ月後の6月にはマイナーでリハビリ登板を始めたが、フォーシームの球速はせいぜい84~85マイル(約135~137キロ)。あの年、開幕から31イニングを投げ、あと94イニングを投げれば、翌年の契約が自動更新されるはずだったが、前半の復帰が絶望的となると、その可能性も消滅した。

■真っすぐが82マイルぐらいしか出ない

本人が後に「ダメなら、(引退が頭を)よぎった」と覚悟してマウンドに上がったのは、その年の9月半ばのこと。シーズンが終わるまでに復帰できるかどうか。首脳陣が見守る中でシミュレーションゲームに登板したが、やはり球威を欠き、らしさもない。岩隈は終了後、自虐的に言っている。

「やばいっす。真っすぐが82(マイル)ぐらいしか出ないっす」

本当はそれがどれだけ屈辱的で、絶望的だったか。浮かべた笑みは決して充実感ではなく、まったく逆。返す言葉がなかった。

後日、球団に呼ばれたとき、本人は腹をくくったよう。ところが、それは意外な申し出だった。「手術をしないか?」

その年のシーズン終了後にフリーエージェントとなる岩隈に手術を勧めるということは、来季も契約の意思があるということを意味する。その含みを理解した岩隈も肩にメスを入れる決断を下した。

その後、マリナーズとマイナー契約を交わして復活を期したが、再びメジャーのマウンドに上がることはかなわなかった。新天地を日本に求めたものの、その日本でも……。岩隈はそこで、21年間の選手生活に幕を閉じることになった。

マリナーズ入団記者会見で、ユニホームを掲げる岩隈(12年1月)=AP共同

マリナーズ入団記者会見で、ユニホームを掲げる岩隈(12年1月)=AP共同

岩隈を取材したのは、その21年のうちのマリナーズでの6年にすぎないが、早々に観察眼の鋭さに驚かされた。大リーグ1年目が開幕して間もない12年5月、ボストン遠征の際に食事をし、そのあと近くでコーヒーを飲みながら、ピッチングフォームに関する話を聞いた。

「しっかり立って、始動とともに右足に体重を乗せる。それができれば、ためた力を逃さずに、球に力を伝えられる」

そんなやり取りのあと、当時のエースだったフェリックス・ヘルナンデス(現ブレーブス)にも話が及ぶと、「すごい腕がしなる」と指摘した。「普通のピッチャーは、テークバックから肘がパンと出てくる。でもフェリックスは連続写真でいえば、リリースまでのコマ数が他の人より多いはず。だからボールが離れていかない。あれはいい。もう天性でしょうね」

実際、他の投手の連続写真と比べると、岩隈の言った通り。コマ数が人よりも1つ多かった。そのとき、岩隈にしか見えないものがあることを知った。

ヘルナンデスのピッチングからは、「スプリットをどこに落とすか、というヒントを得た」と教えてくれたこともあった。「最初、日本のときと同じように、ホームベースに落とすようなイメージで投げていたんですが、それではこっちのバッターは振らないんですよ」

しかし、ヘルナンデスがチェンジアップやナックルカーブを投げる場合、「ワンバウンドするかどうかギリギリのところに投げている」のを見て、イメージをつかんだ。それが確信に至ったのは、12年7月30日のブルージェイズ戦。あれだけ見極められたスプリットに打者が面白いように手を出し、次々とバットが空を切る。岩隈は8回を投げて13三振を奪った。

■田中の投球見て「下がってますね」

こんなこともあった。15年6月3日午前のことである。その日のマリナーズ戦で、ヤンキースの田中将大が故障から復帰。試合前、マリナーズのクラブハウスでは、田中がマイナーでリハビリ登板をしたときの映像が流されていたが、それを岩隈と一緒に見ていると、ポツリと言った。

「下がってますね」

リリースポイントが、ということだったが、その日の試合の数値を4月の故障前と比べると、5.5センチほど下がっていた。楽天時代のチームメート。何度も見てきた投手とはいえ、一瞬でわずかな違いを見抜いた。

08年10月、ソフトバンク戦で21勝目を挙げた楽天の岩隈=共同

08年10月、ソフトバンク戦で21勝目を挙げた楽天の岩隈=共同

17年、飛ぶボールが話題になったが、このとき岩隈にも意見を求めると、「(打球が飛ぶのは)今年だけじゃないと思う」と答えている。

もっと前から? 「そう、ここ何年か、徐々に。5年前だったら(スタンドに)入らなかったような打球が、ホームランになっているような気がする」

フライに対する本塁打の比率を調べてみると、15年の前半は10.7%でそれまでとさほど変わらなかったが、後半は12.1%に上昇。16年は前半が12.9%、後半が12.7%で、17年は前半が12.8%だった。

もちろん、ときを同じくしてフライボール革命がトレンドとなりつつあり、要因を一つに絞ることは難しかったが、当時、「ザ・リンガー」というウェブサイトが専門の検査機関に調査を依頼したところ、14年5月から15年7月までのボールとそれ以降では、後者の縫い目の高さが平均で0.6ミリ低くなっており、反発係数が0.005大きくなっていることを突き止めた。この2つの組み合わせにより約6フィート(約1.8メートル)も打球の飛距離が伸びるとのことだった。

■大リーグの打者は「振ってくれる」

岩隈のピッチングを貫く軸についても、何度か触れた。14年の秋のこと。13年にサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)の投票で3位に入り、翌14年も順調に勝ち星を積み重ねていた要因を尋ねると、「たまたまっすよ。たまたま。まぐれっすよ」と最初ははぐらかされたが、やがてこんな話を始めた。

「技術のすごい打者も多いですけど、振ってくれるんですよね」

振ってくれる? 「そう。日本みたいに、見て、ファウルしてとか、当ててくる感じではない。振ってくる。ホームランが出るか出ないか、みたいな。そんなバッターばかりではないですけど、そういうバッターが多い」

そういう打者の方が、与(くみ)しやすい? 「その方が僕は投げやすいですね。振るだろうというタイミング、カウントとかを考えて、そこでこのボールを投げたら振ってくれるんじゃないのか、というのがあるから」

となると? 「それをそこへ投げられるかどうかじゃないですか」

四球が少ないとか、どの球でもストライクを投げられるかという理由で、岩隈の制球力がすごい、などと評価するのは表面的な話。そもそもコントロールの良さとはそういう単純なものではない。この球をこのコースへ投げたら打ち取れるというイメージを持ったとき、その通りの球を投げられるかどうか。それが岩隈が考える制球力の定義。

「無駄なフォアボールを出さないことは考えてますよ。ボール球を投げずに。でももちろん、わざとボールも投げてます。それは振ってくるだろう、というカウントで投げてあえて振らせているというか、バッターの特徴とかを考えて」

■イチローいわく「内側が見えづらい」

こんなシーンがあった。14年7月7日のツインズ戦。1点リードの七回表、マウンド上の岩隈は2本のヒットで2死二、三塁のピンチを迎えた。そこで打席に入ったサム・フルドに対し、2-2からの6球目、仕留めにいった低めのスプリットを見送られ、フルカウントになった。しかしそこで岩隈は、6球目とほぼ同じ球を投げて三振を奪った。あの配球については後日、こう振り返っている。

「あれはフォアボールでもよかったんですけど、3-2カウントなら、バッターは手を出しやすくなる。それを考えて、あそこに投げました」

2-2と3-2では打者心理が変わってくる。フルカウントなら投手はストライクゾーンに投げてくるだろう、との意識が働く。岩隈はそれを利用した。さらに「その前までの振り方を見て、振ってくるだろう」という確信もあったという。彼の観察眼は、打者のちょっとしぐさにも及ぶ。

ただ、いろいろ突き詰めていくと、岩隈のピッチングの神髄は一つの言葉に集約されていく。「相手に考えさせる」

かつて、ヤンキース移籍後に岩隈と対戦したイチロー(現マリナーズ会長付特別補佐)が、こう岩隈を評したことがあった。「内側が見えづらいピッチャー。それが彼のスタイル」

岩隈は、感情を表に出すことがほとんどないため、その点でも相手にとってはやっかい。また、先ほどの話と関連するが、「これは伏線なのか?」「たまたまボールになったのか?」と相手打者がその意図を読み解こうとするような球を投げたりもする。それは、相手に考えさせることが目的でもあるので、打者が考え始めた時点で、岩隈が優位に立ったことになる。

14年6月に対戦し、3打数無安打に終わったイチローは、苦笑しながら言った。「バカでは打てないピッチャー。今日、僕打ってないから、バカになっちゃうんですが」

その言葉にも、岩隈のすごみが凝縮されていた。

現役引退の記者会見で笑顔を見せる巨人の岩隈(23日)=共同

現役引退の記者会見で笑顔を見せる巨人の岩隈(23日)=共同

さて、ざっとメジャーでの6年間で印象に残ったことを振り返ったが、今なぜか、2つの言葉がよみがえる。

岩隈が選出された13年の球宴は、652セーブのメジャー記録を持つマリアノ・リベラ(ヤンキース)にとって、最後のオールスターゲームだった。しかも、場所はニューヨーク。八回裏、リベラがマウンドに向かうと、万雷の拍手を浴びた。

その光景をダッグアウトから見つめた岩隈は試合後、こう漏らしている。「あんな中で、いつか投げてみたいですね」

別のある日、こんな話もした。「満員のセーフコ(・フィールド。現Tモバイル・パーク)で投げてみたい。プレーオフとか」

メジャーではともにかなうことがなかった。客席の埋まった球場で投げることは日本でも可能だったはずだが、それも果たせなかった。

ただ、悔いはなくとも、すべてを全うできなかった心残りこそが、これからの原動力となっていくのではないか。そして、彼にしか見えない、その特異な観察眼は、指導者となったとき、また生かされることになるかもしれない。

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