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今季の備え、来季の実に…高平慎士(陸上)

五輪競技の中でも再開が早かった陸上は、10月初旬に日本選手権が開催された。東京五輪延期に伴うモチベーション低下や自粛の影響で盛り上がりを欠くシーズンになるかもしれないと心配していたが、杞憂(きゆう)だったようだ。短距離陣は男子100メートルの桐生祥秀(日本生命)とケンブリッジ飛鳥(ナイキ)が10秒0台のシーズンベストでけん引し、直接対決も見応えがあった。

日本選手権男子100メートルで優勝した桐生祥秀(中)と2位のケンブリッジ飛鳥(左)。コロナ禍のシーズンをけん引した=共同

数字の世界で生きている者にとって、記録が残らない活動を続けることはつらい。前例のない自粛期間がどう競技に結びついているか判別できず不安にも駆られる。そうしたモヤモヤを払い去って好記録を出した選手は決まって平時から培った体力的、技術的なベースが備わっていたように思う。

なかでも桐生のフィジカルは出色だった。短い期間で10秒0台を4度。高いパフォーマンスはダメージを残すが、そこに耐えうる体に仕上がっていた。今季はスタートの改良に着手。スタートに注力しすぎると得意の後半で失速する恐れがあるが30メートル以降に自信があったのだろう。9秒9台前半や9秒8台を見据えているからこその取り組みで、狙いが明確だった。

日本選手権の決勝ではケンブリッジに0秒01差。接戦でつかんだ6年ぶりの日本一は、勝負弱いといわれた過去との決別とみることもできる。だが、今回は代表権が懸かっていないという点で従来とは違う。涙をのんできた日本選手権では必ずその先のステージがあった。桐生の真価が問われるのは来年の五輪選考会だ。

ケンブリッジは桐生に敗れたものの、シーズン通してリラックスして体がスムーズに動けていた。昨季の不出来から開き直ったことで道が開けた印象。そこに新たなトレーナーとの出会いも重なった。3年ぶりの自己ベストでようやく9秒台が見える位置にきた。

山県亮太(セイコー)の故障に加え、小池祐貴、多田修平(ともに住友電工)の今季の走りでは五輪で金メダルを目指す400メートルリレーもおぼつかないだけに、ケンブリッジの充実ぶりはスタッフの安心材料になったに違いない。

コロナ禍で近視眼的になりやすいが、世界に目をやると棒高跳びや長距離で世界記録が続き、男子100メートルはマイケル・ノーマン(米国)が今季最速の9秒86を出した。桐生やケンブリッジの走りは見上げたものだが、勝負の世界で絶対評価から相対評価になると及第点かな、というレベルだろう。厳しい状況で海外勢も結果を残していることを忘れてはいけない。

その意味ではプロ転向して大学を休学し、世界の一線級と普段から練習するサニブラウン・ハキームは恵まれた環境にいる。今季はレースに出ずとも金メダルへの覚悟は不変。休んでも何ら影響がないことを示してくれるのではないかと思うと、それぞれの来季へ期待が膨らむ。

(富士通陸上競技部コーチ)

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