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父が倒れても「頑張れた」 フィギュア鍵山優真(下)

スケートリンクでも、家に帰ってもフィギュアスケートの話ばかり。鍵山優真(17、星槎国際高横浜)にとって、父でありコーチの鍵山正和は「そばにいてくれないと、すごい不安になる」ほど、競技人生でもかけがえのない存在だ。スケートを始めたのも、当時父が勤めていた富山県内のスケートリンクで滑ったことがきっかけ。「滑るというより遊んでいた。いつの間にか(習い)始めていて、それぐらい楽しかった」

元トップスケーターの正和はそんな息子に対し、親としての葛藤を抱えていた。「個人スポーツは厳しい世界。やめてほしい気持ちもあった」。ただ、優真は真っすぐな回転軸のスピンなど、経験者でなければ分からないような光るセンスを持ち合わせていた。「磨いていければいけるのかなと。まずはトップ選手のまねができるスピンを一生懸命やらせて」、徐々に練習のレベルを上げていった。

父でコーチの正和さん(右)から指導を受ける鍵山

長野県軽井沢町から横浜市へ。拠点が次々変わっても、鍵山はいつも父と一緒だった。だが、そんな2人が一時的に離れ離れにならなければならない事態が訪れる。2018年6月23日、ジュニアグランプリシリーズ派遣選考会で演技を終えた直後、父が病に倒れたのだった。

「あまり状況が理解できなくて。気づいたらお父さんが病院にいた」と鍵山。父に直接指導を仰げなくなったため、もう一人のコーチで振付師の佐藤操に見てもらいながら練習する日々が始まった。こまめにジャンプの動画を撮っては正和にLINEで送り、返ってきたアドバイスをもとに練習を繰り返す。「良い報告をしたいとずっと思っていたので、お父さんがいなくても頑張れた」

隣で見守っていた佐藤は言う。「一度も泣き言を言わなかったし、しょげていたこともなかった。お父さんへの思いをひしひしと感じた」。後輩の面倒を見たり、自分で練習メニューを組み立てたり。半年後、正和がリンクに戻ってくると「全てに成長がうかがえる」、精神的にたくましくなった鍵山が待っていた。

10月初旬の関東選手権。鍵山は計5本の4回転ジャンプをクリーンに着氷するなどほぼ完璧な演技内容。国内大会の参考記録ながら、世界歴代5位相当の287.21点をマークした。2年後の北京五輪出場も可能性が広がってきている。

「(代表は)めちゃくちゃ狙っている。五輪に出ても良い演技をするのが目標」。世界を驚かせるステージを披露するつもりだ。=敬称略

(堀部遥)

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